さっきは「おべんと焼き」を主張し始めたところで
昼休みが終わりになりました。
(つづき・・)
まま「おべんとやきって中になにが入るの?」
「何も入らないけど。。」
「でも、味付けは味○素とか ハ○ミーでいいけど」
まま「ハ○ミー??なにそれ」
「むかし、うま味だしって言ってた味○素と同じ調味料だけど・・・」
「そんなことより、ゼッタイ砂糖は入れないでネ」
「醤油だよ」
まま「醤油の卵焼き?」
「そうだよ。しょっぱくて お弁当のご飯がすすむから、おべんと焼きって言うんだよ」
「黄色と茶色の色合いも、郷愁色のお弁当になって・・・」
まま「よく食べるの」
「そんなに食べないけど、最近 食べたのは、女房がつわりで食べられないときに
朝ごはんに作ってあげたときかなぁ」
「あの頃は、我ながら旨く作れたと思う」「また作ってみようかな~」
『やっぱり 弁当箱はアルマイトじゃないと・・・』
『そういえば、ピアノを教えてくれた明美ちゃん。。』
『どうしてるかナ!!』
ままは、知らぬ間に居なくなりました。(酔いのためか、気付きません)
しばらくして、かわいらしい黄色い色の玉子焼きがでてきました。
・・・・・ 確かに、舌に残る甘さはないのですが、
アルコールで麻痺した味覚に突き刺った味は、
ダシの甘さと、それを無理やりに消そうとしている「塩味」でした。
まるで、塩とみりん(風調味料)の二層構造が右脳できれいなアーチを描いています。
「醤油でね!!」とお願いしたのに「塩かッ!!」そんな感じです。
やはり、甘くなければ玉子焼きではない。
黄色い色をしていなければ玉子焼きではない。
固定観念では玉子焼きそのようなものなのでしょう。
けれど、お客は、玉子焼きの向こうになにを見ているのか。
醤油で薄汚れた色のおべんと焼きから、なにを思い出しているのか。
思い出そうとしているのか。
私の場合は、(近所の幼馴染の一つ年上の)明美ちゃんのお母さんの味を思い出そうとしていました。
それと【おべんと焼き】のレシピを聞いて、作ってくれた、お袋の味です。
サービス業の鉄則は、“NO”を言わないこと。と聞きます。
けれども、顧客にもっと深い満足を提供する秘訣は、お客の≪遠い視線≫の先にある
感情にサービス提供者の時間と感情を重ねること。
そして重なっていることを、お客が感じること。
なのだろう。そう 今思いました。
今回のスナックのままは、
お店の思いで、出しいり玉子焼きを提供してくれたので
50てんだと思いました。
(タイトルに結ぶことが出来ました。ヨカッタ・ヨカッタ)
オハヨウございます。
早速のお立ち寄り。ありがとうございます。
中学生の頃、お弁当箱に残るご飯つぶを食べるために、
お茶を注いで一緒に流し込む。
そんなことしませんでしたか?
その、お茶を入れたお弁当箱の、熱いこと。
アルマイトは熱伝導がよいのか、持てずに困りました。
それはそうと、
結婚当初から当家では、鍋はステンレスの3層とか、5層に変わってしまいました。
たしか、そんな理由で。
お袋が使い込んだ、思い出の詰まった鍋は片隅にしまってあるだけで・・・・
もう20年になります。
それにしても、私は最近 人のお名前が思い出せなくなって参りました。
鍋では防いでいるのですが・・・(涙)
コメント追加


スナックで食べる玉子焼きに郷里を思い出せたら、なんとも幸せな気持ちになれただろうに、ちょっと残念でしたね。
ところで、yamamotoさんの思い出に水を差すつもりはないのですが、最近、自分の仕事上の勉強において得た情報を。
アルミは、人間がボケる原因物質として唯一判明した物質だそうです。(ご存知かもしれませんが)
したがって、今もあるかどうか分かりませんが、アルマイトの弁当箱や雪平鍋などは、使わないほうがいいそうです。
と言っても、酸性雨が降りかかった野菜を食べれば同じことなのですけど・・・。