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2007/08/26 17:21 | 印刷

介護スタッフのジレンマは自分の思う介護ができないこと。
その理想とは、自分が受けたい介護なのでしょう。
介護は「特別な何か」なのだろうか?

介護スタッフは異口同音に
<時間に追われる介護> への失望を口にします。

介護者の都合ではなく、
お年寄り主体の介護をしたい。
「もっとお年寄りと話しがしたい」
「もっとお年寄りの気持ちが知りたい」と。

『自分たちとお年寄りの間に無意識の垣根があるのではないか?』
『決められた規則に自らを縛り付けているのではないか?』
『考える介護を放棄するほうが自分が楽なのではないか?』
そんな疑問に気がつくと、答えを探しに、新天地を求め始めます。

どうして介護を職業として選択するのでしょうか。
人それぞれの理由があることでしょう。

私の場合は、
①お年寄りから、人生の時間の使い方を教えてもらうため。
②終わりない成長の可能性と希望を追求するため。


「老い」は終末の代名詞ではなく、
現在進行形の成長の形としての一つの「断面」
私はそのように考えるようになりました。

介護する。介護される。のではなく、
係わりあう人全てが自分の成長を互いに助け合う。
そんな空間の実現が、わたしの理想の答えかもしれません。

11月に新しい施設が開所されます。
施設の責任者として赴任が決まっています。
わたしの存在意義が試されるときでもあります。

私たちの施設のテーマは、
【入るところ】ではなく【皆で暮らすところ】
どのように運営していこうか。

老若男女。山あり谷ありで、みんなでより良い暮らしを協力して創りあげるその過程を楽しもうと思っています。

ちょっと違うかもしれませんが、そういう施設によく訪問させていただきます(仕事柄)
いずれの場所も時間に大変正確です。
時間間隔が緩い日々を送ってますと、つい、ご迷惑をおかけしたりしちまっています。
職員の方々にそういうお気持ちがあったとは・・。
こんばんは!!

お年寄りの時間はゆっくりです。
そんなに急いでも意味がないことや、逆に身体に負担が掛かることを、お年寄りたちは知っています。
第一、身体をそんなに早く動かすことはできません。

時間や場所に正確というのは、介護する側が、決めたプログラムを実施しなければ、介護保険料を請求できないという、企業の論理かもしれません。
多くの介護スタッフや看護師さんの気持ちは、『お年寄りに良かったと喜んでいただける実のある触れ合いがしたい』
そんな素朴なものだと思います。
実のある触れ合い、というのは、なかなか難しいですね。
日常的に接していらっしゃる介護スタッフさんや看護士さんも
感じていらっしゃることですのに、たまに伺うだけの我々には
本当に壁が高いと感じます。決められた時間で決められたプログラムを
行うことを、訪問させていただく側としては、もう一度考え直さなくては
いけないことのように思いました。うむむ・・。
ウーン!!お松さま。

こんなこともあります。

普段感情をあまり表さないお年寄りが、
セラピィー犬たちに触れると、子どものような表情になります。

日常に変化があることはとても大切でありがたいことです。
訪問していただくことに価値があるのだと思います。
それも介護の一つの姿だと思っています。
そういっていただけると、本当にうれしいです。
今月末にも(ってすぐじゃん、ワシ・・)お伺いする
予定があり、ドキドキしていました。
一過的な音楽体験でいいのか?!と疑問を持っておりましたが、
それもそれでいいのですね。うん、自信出てまいりました!
聴かれる方々にとって、この上ない至福の時間になると思います。
日常の時間も大切ですが、非日常の一時もうれしいものです。
そして、介護に携わるスタッフにとっても、心が温まる時間になるはずです。

お松さま。お年寄り。介護スタッフ。
みんなの瞳が輝く時間になりますように・・

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