☆女神が微笑みました☆ | Home | 介護スタッフの気持ち
2007/08/05 0:17 | 印刷

横浜から帰ってきました。
お年寄りに寄り添うことを仕事としてはじめました。

う~ん。。その壱。
どうして、横浜から戻ってきたのか?

う~ん。。その弐。
どうして、お年寄りなのか?

その壱。の おぢさん的答え。
一言。価値観の変化。

その弐。の おぢさん的答え。
一言。いつかは通る道。


「華やかな都会の生活に未練はありません。」と言えば
ウソになります。
でも地方の快適さを味わうと、
人工の華やかさは急に色あせします。

都会で得られる経済的自由を捨てても、
なお価値があること。
私の場合は、「人の生存としての自由を得ること」でした。
「人の尊厳」に関係することかもしれません。

「人は尊厳を終末の生活でどのように獲得するか」
誰にでも平等に訪れる「老い」や「死」を考えたいと思いました。
絶対に逃げられません。
ならば、自ら飛び込む自由を行使しようと思いました。
ある意味で、いつの時代でも必要な、また最先端の職業と言えるかもしれません。

こうしてわたしは、自分が選択した職業と、人生観を重ね合わせようと、遅ればせながら試み始めています。

まだまだ青二才の私は、yamamotosan様が辿りついた領域には、全然辿り着けそうもありません。

これからも人生の先輩として、その領域がいかなるものであるのかをお伝え下さい。
happaさん。
コメントありがとうございます。

今の社会経済の中で「人」が果たす役割は、「効率化への歯車」と言う側面のみが強調されているように思います。
確かに必要な要素ですが、では、効率化に副えない「人」
例えば、フリーターとかニートとか、ワーキングプアといわれる人々とか、第一線を退いた人とか、退かざるを得ない人とか、お年寄りとか、とにかく、社会にその必要性が認められ、ギンギンになれる人以外の人々は、何を拠りどころに生きていけば良いのだろうか。
もしかすると、ギンギンな人も、現状を自覚しない限りバーンアウトして、勝ち組集団(?)から脱落するかもしれません。

そのような漠然とした不安、疑問を抱いていました。
それは、無責任な"二極化"などと言う言葉で片付けられない、どこか背筋が寒くなるような想いです。
ですから、達観ではなく、どうやって生きていくのか。プライベートな問題でありながら、しかし生存の仕方に係わる、切実な思いです。
もしかしたらその答えは、それらの人々の渦中に思いっきって飛び込んでみれば見つかるかもしれない。
そんな思いでの、再度の転職です。

何がどのような形でわかるのか見当もつきません。
いま思うことは、その老人の過去と現在の境遇がどのようなものであったとしても、自然に望む生を全うできることが、その人にとっての一番の幸せなのだろうと言うことです。

新たな気付きを得られましたならば、また御報告させていただきますネ(笑)
yamamotosan。
おかえりなさい!
yamamotosanも・いろいろな事が・いろいろな決断が、押し寄せる今年ですね。一緒だな。私と....(微笑)

〈お年寄りに寄り添うことを仕事として

私の長女とどこかで・・
出会うかもしれませんね(笑い)

〈「人は尊厳を終末の生活でどのように獲得するか」

重いけど・避けて通れないテーマですね。
決断と勇気に心から敬服します。

私もだから。一生懸命生きることにしましたよ。
(内緒だけど・・・9月に・・キャンドルライブの前に・・路上ライブもやる予定です。ポヨーンン。この歳で?なんて笑わないで下さいね。度胸つける?為?違うんだな。これが。単に・夜空の下で弾いてみたいだけなんですよ〜)(笑い)
MacFanさん。
コメントありがとうございます。

すばらしいですね。
夜空の下の路上ライブ。
切なく激しくどこか甘い、情熱的な音色。

幻想的な時間に乾杯。
あの、その、ちょっと空気が読めてなくてすみませんが、
その、えっと、こちらに帰ってみえたのでしょうか(大期待)

仕事=生活からそろそろ脱出したいお松でございます。
(ノーネットデイズを経ても成長しませんでした。)
えへへっ。
読めてますよ!! 空気。

と言うことで、
ニューグランドのティールームで港の景色を眺めながら。。
スゥイーツでも・・ということも叶わなくなりました。

>仕事=生活からそろそろ脱出したい・・・
仕事≠生活=?家庭??
なにかと意味深な発言でございますネ
お松さま♪

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