2007/07/15 10:10
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今や功罪あわせて評価され、すっかり市民権??を得た、
成果主義。
功の部分は「成果の追求」
罪の部分は「成果の有無=評価」
ありきたりなことをしていても成果を出せた拡大期。
ありきたりなことをしていては際立つ成果を得られない
減衰期。
いきおい【成果】だけを前面に、評価の対象とせざるおえない社会の奥行きのなさ、余裕のなさを感じる。
網からこぼれ落ちたものにセイフティーネットも張らぬまま、網に救われたものだけに光をあてる社会は、
果たして良い社会と言えるのだろうか。・・・
と、嘆いていても仕方ないので、
わたしは次のように行動しようと思う。
(http://agoria.jp/
7/14配信 『成果を挙げるための能力』より
P.F.ドラッカー『経営者の条件』を参考にさせていただきました)
何に貢献するのか、的を絞り、
成果を際立たせる様に、
自分のポジティブな部分(強み)を集中させて
時間をコントロールして
ターゲットに取り組む。
尤も、持てる能力を集中して発揮し、社会に貢献することは当然のこと。
願わくば、
個人プレーとしての成果が評価されるだけではなく、
何のために何に貢献するのか。
社会的な動機が評価される懐の深い社会であって欲しいと思う。
社会が内部分裂を起こそうとしている悲鳴を感じる。
投稿者 : yamamotosan
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