「ごめんなさい!!」スタバに集合の『松azブロガーの皆さん』 | Home | ☆タ★ミ☆フ★ル☆
2007/02/27 21:59 | 印刷

可愛らしいネーミングです。

「どんなところに生まれてきた赤ちゃんも、生きる権利がある」
確かにそうです。
でも、それだけですか?
対処療法的に人の命を救うだけが、人道なのですか?
医療機関としてできることは、そこまでかもしれません。

きっと大切に育てられることでしょう。
でも「ひとはパンのみで生きるのではない」のだと思う。
その人の【絆】はどうなるのだろうか。
絆を実感できない大人たちの悲しみや苦しみ。
わたしには残留孤児の方々に重ねて見える。
本当のそれは、はかり知ることができないでいるけれど・・・

「育てられないのは、社会が悪い」
「育てられないのだから、仕方がない」
「赤ちゃんの生きる権利を考えれば、【ポスト】は仕方がない」
「まして、捨て場所ではなく、将来親と再会できる場所でもある」

本当にそうですか?
親は改心して、子どもに会えますか?
なんと言って声をかけるのですか?
子どもの空白をどの様に埋め合わせるのですか?
そんなことができるのですか?

「命の捨て場所」を容認してよいのですか?
「どうして人を殺してはいけないの?」
この問いに、どれだけの大人が、子どもに正面から対峙し、説得できるのだろう?
そんな現在の、この国の病理を、当に目の当たりにしているように思う。

経済破綻の先送りで、将来に負の遺産を残すだけでなく、
社会崩壊までも敢えて発生させ、将来の危機を招こうとするのだろうか。この国は。

安っぽい倫理観を振り回すのではなく、
「どうして生きるのか」「どのように生きるのか」
畏敬の念を知るための【教育】が必要なのだと思う。
そのような教育の必要性をもっと論じ合う社会であって欲しい。

将来も美しい国のために、
自分たちの世代のゴミはこの世代でかたをつけなければならないと思う。
「やってしまったのだから仕方がない」
ではなくて、
「やらないために何をするのか」を。

難しい問題ですね。。。人の数だけいろんな考え方がありますよね。。。
私は。。。今のところ反対。。。かな。。。
赤ちゃんが欲しいと思っても授からない人もいる。。。自分もそうだからポストは絶対考えられません。もしどうしても育てられないのならポストに入れるのではなく顔も名前も明らかにしてちゃんとお願いするべきだと思うのですが。。。
でもやっぱりそうならない為にも>「やらないために何をするのか」ですよね。
ちびさまへ♪
コメントありがとうございます。
赤ちゃんを渇望されている方もいらっしゃいますよね。
その方々には、どのように映るのでしょうか。このポストは。
すみません。そのような方々への配慮に欠けていました。
今だけではなく、将来も、皆が幸せな社会であって欲しいのです。
そんな理由で、わたしは無責任な行為や、
その肯定的な一部の世論に腹が立って仕方ありません。
美徳や厳しさという美しい日本的な価値が、
合理性という価値の中に埋没してしまうように感じるのです。
こんばんは~。
ニュースや新聞をよんで「赤ちゃんポスト」というネーミングで驚いてしまいました。
命を投函する箱ですか!?と思ってしまいました。
確かに、育てられない環境のかたもいらっしゃるかもしれません。
でも、yamamotoさんのおっしゃるように、安っぽい倫理観を振り回すのではなく、本当に必要とされているものを皆で考えて、国は取り入れてほしいです。
いつか生まれてくるたくさんの新しい命が生活しやすい環境づくりをしていきたいです。

コメントありがとうございます。
今気がつきました。
>本当に必要とされているものを皆で考えて、国は取り入れてほしいです。
きっとそうなんですよ。
「捨てても良い命」「受け皿はあるよ」
こんな環境、意識、制度のもとでは、女性は子供を生む気にならないのでしょう。
自分のおなかを痛めて生む大事な大切な命ですもの。
捨てるなんてことは普通の感覚では考えられないですよね。
女性に優しい環境、小さな命を育むのに安心できる環境が必要ですよね。絶対。
大事な気付きをありがとうございました。
こんばんは。
正直、赤ちゃんポストというネーミングに最初は吃驚しました。

確かに安心して子供を生むことができる環境作りが最も重要な課題であると思います。
ただ、事情があって子供を育てることができない方々のため、生まれてきた子供のため、
というのような耳障りのいい言葉には少々疑問が・・・。

安易に子供を生んではいけないと思うからです。
つまり、育てられるだけの条件が整っていない状況下で子供を生むべきではないと考えています。

赤ちゃんポストは、生命の尊さを見つめ直すための鏡となることを期待します。
happaさん。コメントありがとうございます。
そうですね。
命の大切さを考える教育が大切ですね。
産んでもポストに投函すれば・・・なんて安易なことだけは絶対に避けなければなりませんよね。
最近の、バラバラ化事件報道の傾向と無関係ではないような、
何か対症療法的な、安易な、しかもそれを現実的ではない理屈で正当化しようとしている、
安直な表面の取り繕いを、社会全体が指向しようとしているような気がしてなりません。
もし、ポストを正当化するのならば、そのポストの子どもたちが将来、
自分は「なんために生きるのか」「どの様に生きるのか」、そんなことを考えずにはいられないぐらいの
環境を用意する覚悟をわたしたちは持たなければならないだろうと思うのです。
≪命の尊さを見つめ直す≫鏡とは、わたしたちにその覚悟を問うていることなのだろうと思うのです。
>>安易に子供を生んではいけないと思うからです。
>>つまり、育てられるだけの条件が整っていない状況下で子供を生むべきではないと考えています。
大変失礼なコメントにあたるかもしれませんがhappaさんのこの言葉がどうしてもひっかかります。

私は100%子供が育てられるという条件の元に子供を産んだわけではありません。
子供が出来たことは確かに自分自身の安易な行動からかもしれません。
だからと言って「子供が育てられないから。」という理由で命を絶つようなことはできなかったんです。
それこそ安易な行動と言えるのではないでしょうか?

でも人には様々な理由があります。
やはりyamamotosanさんの言う通り"小さな命を育むのに安心できる環境"が少ない事が
女性が子供を産むのをためらうのではと私は思います。

happaさんの言いたい事と違っているかもしれません、happaさん申し訳ありません。
yamamotosanさん、不適切でしたら削除願います。
自分自身のことも書いてありますので匿名なのはお許し下さい。
コメントありがとうございます。
不適切なんてこと、全然ありませんよ。
いろいろなご意見や、お気持ちをいただけてとてもうれしいです。
きっと貴女様はお子様と一緒に幸せな人生を歩まれていらっしゃるのではないかと・・・
わたしは感じました。
何故かといえば、
貴女様は現実に今、ここで過去を振り返ることができていらっしゃるからです。
それに、御自身のされてきていることに誇りを感じていらっしゃるからです。

幸せは、人が感じたり評価したりするものではなく、自分が感じるものですよね♪♪

今回の投稿で、私が一番表現したかったことは、
親としての責任の放棄や、
崩れかけている社会規範を、
社会そのものが容認しようとしている、その安易な傾向への疑問でした。

その意味で、貴女様のようにお考えの方がまだまだいらっしゃること、
そしてきっとそれは、圧倒的に多くのお考えなのだろうと思うと、とてもうれしかったです。

happaさんは、男性、父親としてのご自身の生き方の一端をお話くださったのだと思います。
同性として、命を創造することへの思いを素直に共感させていただきました。
きっと子育ては、それを通じて親も育つことなのだと思いました。
どんな状況ならば、安心ができるのか。
100%安心・安全などということはあり得ないでしょう。
『だったら自分はどうするのか』
命を守り育てることは、母親も父親も、自分の役割の中で、
自分自身の生きかたを学び、考えることだと思います。
「赤ちゃんポスト」は、生存の危機へのセイフティーネットになるかもしれませんが、
それ以上の、折角の人として、親としての成長の機会を失う、
逆に本当に安易な一時しのぎの絵空事に思えてなりません。
それが容認されようとしていることが、悔しくもあり、悲しいのです。
こんなことを感じながら、日々こどもに向き合い、自分に向き合っています。
長々と大変失礼いたしました。

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