2008/10/19 21:40

今年はコンスタントに雨が降って、稲刈り~脱穀が何度も順延になり、やっと先日終了しました。まだ新米食べてません。
無農薬田に繁殖していたドジョウたち



ハーベスター(脱穀機)は何度も故障しましたが、全部自分で直しました。部品代は約7000円。修理にかかった時間は合計約12時間くらいかな? いろいろ勉強なりました。
壊れたパーツをこの冬の間、自分で部品を組んでこしらえてしまおうと妄想中です。
どんな機械もそうですが、部品と取り寄せようとするとびっくりするくらい高かったり、部品がない事がよくあります。
産業革命以降の「量産によるコストの低下」は、工業だけでなく農業にも浸透していますが、「修理して長く大事に使うより、どんどん壊して買い替えてください」と言わんばかりの現代の製品って、心無いものですね。「大きな古時計」なんて歌、子供たちに理解できるのかな?

農業をやっていると、農業機械が順調に動く事がどれだけありがたいか、しみじみと感じます。
昔の百姓にとっての牛や馬と同じです。
使っていると愛着が湧いてくるんです。
「絶対にお前を直して使ってやるぞ」って思えるんです。

臭いや菌を駆逐し汗すら憎悪して、化粧して自分を飾り立てながら、「ゴミを埋め立てる」どころかポイ捨てまでする美しくない行為を続ける現代人には、もはや地球で生きる資格はないのではないでしょうか? 

百姓をやっていると、昨今の金融危機だとか核問題だとかが、心底愚かしく思えます。
「土地の値段が上がり続けるかもしれない」事を担保に、未来という仮定の世界からマネーという仮想の価値を借り、現実は違っちゃって返せなくってみんなに迷惑をかけておきながら、リスクもばら撒いて世界中を連帯責任にしてしまう国が、遠くの国には「剣を捨てなきゃ意地悪するぞ」と言う。
言われた国は「意地悪されたくないから、お腹は空いても剣は捨てたくない」と食い下がる。
ちょっと簡単な物言いだけども。

仲良くしようぜ。
豊作をみんなで祝おう。
コンビニ行けば飯が買えるのは当り前じゃないよ。
食糧作ってみればわかる。
戦争終わってからまだ100年も経ってないじゃんか。
農薬ブンブン撒いて虫を殺して、石油どんどん燃やして地球暖めて、ゴミもガンガン撒き散らして、なりふり構わず、死に物狂いでここまで豊かになったんじゃないか。

でも、僕もお金がなければ農業を始める事はできなかったんだよな。
休みなく働いても立ち行かなくなるかもしれないし。
家族の健康だけが頼みの現状で、好きだけじゃこの先続かないのは確かだ。

馬鹿なのは世間なのか僕なのか。

2008/10/05 19:57

やっとひのき農園の田の稲刈りが始まりました。
栗とマコモタケでお祭り騒ぎの三代目Dに代わって、初代のご隠居と二代目一徹が頑張ってます。



なんか感慨深いです。
半年間、種から収穫まで、ほぼ毎日顔突き合わせて来た稲と自分。
稲も自分も一緒に一年育ってきたんだよね。
黄金色に実った稲穂。
自然から命の糧をもらう実感。

今年はIさんのご家族と一緒に無農薬のコメ作りをしましたが、来年はもう少し大勢の方と一緒にコメ作りをしてみたいです。田植え・草取り・稲刈りなど年十回ほど参加が条件ですが、肥料代等の実費のみの負担です。ご希望の方はご連絡ください。

早く新米食べたい~!!
餅つき楽しみ~!!!

2008/09/17 22:46


今年で4回目の稲刈りが始まりました。
今年は豊作。心の底からうれしいです。
どんな作物でもそうだけど、豊作だと困るだなんて事は、そんなの世の中の仕組みがおかしいと思う。こんな幸せなことはない。

ネタが沢山溜まってしまっていて書きたいのだけど、今ゴミ問題を考える研究会から帰って来て、これから脱穀機のメンテナンスをしなければならないのだけど、明日雨が降るらしいので、まずは作業場に屋根を付けなければと思って鉄パイプを組んだのだけれど、もう疲れてしまって、もうひと踏ん張りするべきか、明日早起きするべきかビールを飲みながら考えているところ。

う~ん、酒が回ればテンションあがって作業にかかれる時もあるけど、今日は駄目かな…。

2008/09/04 20:42

ひのき農園では過去三年間コメを作ってきましたが、食味に関しては皮肉な現実があります。

1:家族で死に物狂いで草取りをして作った無農薬米。
2:減農薬の安曇野の特別栽培米。
3:慣行栽培の師匠の米(肥料は地元の米ぬかと鶏糞という極上の有機肥料)。

一番旨いののは3です。
2がその次で、1は旨みが少ない。嘘偽りなくそう思います。

人間と同じで、いいもの食べて(いい肥料)、医療もきちんと受けられて(農薬を使って病害虫から守る)、化粧(機械乾燥)もできる方が見た目(味)はいいんでしょうね。

「はざ架け米は栄養が米に行くからおいしい」なんて言う人もいますが、水分調整が均一にできないので、間違いなく機械乾燥の方が味の良いコメが揃います。米の食味において、乾燥時の水分調整はとても大事な要素なのです。

それでも3が一番安いです。

「本物」ってなんなんだろう?
本物を見極めるって、ものすごく難しいし、自分にしっかりした考えがないと決められない。

2008/08/17 20:00

携帯が故障していろいろ写真がアップできないのが寂しいですが、今年は天候に恵まれ米は豊作のようですね。
価格もやや下がるようなので、皆さん沢山お米を食べて力を付けましょう!

米の農協出荷は去年一度、わずかな量をやったきりなので、価格の事はよくわからないところもあるのですが、生産年は仮渡し金をもらい、数年後その調整分が支給されるようです。

近所の米農家さんと田の水見回りなどで会うと、いろいろ雑談になったりします。

「今年は豊作みたいですね~」「また米の値段が下がってしまうだ」「ウチの稲はスズメに食われて大変だ」「今年は機械が入れ替えで黒字が出ねえ、母ちゃん売りに出さねば(笑)」

どちらにせよ、あまり明るい話題はありません。
皆さん、老骨に鞭打ち、利益にならなくても、祖先の切り開いた田畑を守ってきた人たちです。自分たちで実態のない組織を作っては天下りし、大した仕事もせずに退職金をせしめ、のうのうと贅沢な暮しをしている人達の対極にいる立派な人たちです。そんな人たちがこんなに夢も希望もなく苦しんでいるのに、「農家は売る努力が足りなかった」などと言うTVの解説者はちょっと酷いきがします。稲作偏重の農政の歴史にも暗い闇が潜んではいるのでしょうが…。

ひのき農園も稲作で黒字になった事はありません。
近所の農家さんは口々に「米は楽だで、なんでやんねえだ?」と言いますが、田畑がいちいち遠いので、朝晩二回の見回りが大変に燃料費を上げてしまっている上、コンバインなども持っていないひのき農園には楽な作物ではないのです。
それに昨今の世界情勢や国内情勢を見てもとても稲作に労力と資金を投入する勇気はありませんでした。なので自家用米のみを作ってきました。


以下、自論の吐露ですので興味のある方のみ読んでください。


稲作に関する議論は百家争鳴・多事総論(使い方合ってるかな?)ではあるのですが、「稲作を守ると言うのは日本の文化を守ること」という意見には賛成です。
環境映像祭のラダックの映像や、以前のキューバを見ても、主食の自給を放棄した国に平和は無いのではないか? と感じるのです。日本がいつかつてのキューバのように食糧の輸入を受けられなくなるかはわかりません。世界的な天候不順が起こればすぐにでもそうなるでしょう。そんな時キューバのように有機農業で完全自給を達成出来るでしょうか?

ただ、世界情勢は日本の稲作には逆風で、いつまで鎖国を続けられるか微妙です。日本が工業立国である以上、農業はそのあおりを受け続けて行くでしょう。機械を売ってお金持ちになった日本は、引き換えに農産物を輸入しなければならないのです。

日本のコメは世界の平均米価の10倍だとか。今の十分の一の価格の米が市場に出回ったら、味はともかく日本の稲作はほぼ壊滅です。田園風景は一部の名産地のみでしか見られなくなるでしょう。

「じゃあ違うものを作ればいいじゃん」などと言うのは農業をやった事のない人の考えで、稲作に限らず農業で生計を立てようとすれば多額の資金を投じての設備投資や機械の購入は必須であり、それぞれ作物の栽培体系によって機能が特化しているため、簡単に転作など出来ないのです。また一年で一作がほとんどの農業では、経験のない作物を作ると言うのは大変に勇気がいる事なのです。

ひのき農園のように若者が奮闘しても手作業の畑作では作業が過酷なのに儲かりません。ましてや高齢化した農村では大面積をこなせず、農地があっという間に荒廃してしまうでしょう。そうなれば食料自給率を上げるどころの話ではありません。

これから日本では「農地は先祖伝来の個人資産」という観念は薄れていき、「農地は国民共有の財産」と言う価値観が浸透し、農業も大規模な企業農業化と家庭菜園の所有率の上昇など二極化が進むのかもしれません。山林や海もそうなりつつありますね。みんなで守り育てていく公共の資源。

ひのき農園もこれからはお客さんと直接繋がって、時にはお客さんと一緒に何かを作ったりできるようにしていきたいものです。そのための技術を磨いていきたいと思います。

よく「お客様は神様です」という言葉を誤解して「暴君」や「暗君」になっているお客様が多いですが、「モノを買う」と言う行為は一種の投票行動なのであって、消費者が「安ければいい」「ブランドならいい」という買い方をしてきた故に昨今の問題は起こっているわけで、「神様」なら神様らしく「良いものを適正な価格で必要なだけ」買っていれば良い品が残り、粗悪な商品は淘汰される理屈です。
セールだから買う、半額になったら買うという事を繰り返していれば、当然売る側も考えますよね。過剰なコストカット圧力が、労働者の待遇や商品の質を落とすことにもなるのです。また「オーガニックだから」とか「エコっぽいから」と言う買い方も、現実の生産現場を見てみたら全然環境に優しくなかったりする事もあるそうで、規格やブランドも過信はできません。
値段やイメージに踊らされず、自らの生活を律する事が消費者にも求められている事のように思います。

取りとめなく長文になってしまいました。

「金は無くとも正直に誠実に」「働くことが喜び」
桧原家初代からの伝統を守って行きたいと思います。