2008/08/28 21:12

環境に関する本は読みたい本が沢山あって、書店に行くとついつい立ち読みが長引いてしまいます。

ひのき農園は、情けないことに管理不足で夏野菜が半分ほど終わってしまい、秋野菜の管理に集中していこうかという状況です。そんな中今日は雨だったので、畑に行くズクが湧かず、午後は書店で立ち読みして過ごしました。著者の皆様、書店の方々、ほとんど買わないくせにすみません。

環境やリサイクルの本を中心に斜め読みをしていたのですが、昨今の環境保護やリサイクルに関するアンチ本を中心に読みました。
「リサイクルは本当にエコロジーか」「温暖化と環境破壊は本当なのか」
いろんな立ち位置の著作があって面白く、心底買いたくて仕方ない本が何十冊もありました。
具体的な事は本を買ってないので書けないのですが、生物学、経済学、統計学などいろんな立ち位置から同じ問題を捉えると、まったく違う解釈ができる事に驚きました。
「地球はもうロスタイムだ」という人もあれば、「温暖化の後は必ず氷河期が来る」という人もいたり、「エコバックやマイ箸は環境に必ずしも良くない」という人もいたり。対立する意見の双方が理論的に書いているのでどちらも説得力があります。が、やはりいろいろ読み比べてみると、皆さん自分の専門分野から発言されているので、事象を三次元、四次元で捉えきれていないのではないか、という印象を持ちました。

「沈黙の春」の発表でDDTが世界的に禁止されましたが、「健康に良くないからとDDTが禁止されたせいで、マラリアが再び大発生し、何百万人もの人命が奪われた」と言う学者さんもいます。

「○○という農薬はDDTの再来だ、ただちに禁止しろ」という著書もあり、その農薬は非常にポピュラーな農薬なので驚いて見てみると、絵本のようなキャッチーなフォントを使ってその農薬の危険性の例が列挙されていました。ただ、農業者の立場に立った記述は少なく理論にも偏りがあって、「新農薬と耐性病害虫のイタチごっこ」については指摘してくれてはいますが、必死に病気や害虫と戦い、市場に翻弄されて汗も涙も枯れつつある農家である僕は、著者に「じゃあオラたちはどうしたらいいべさ、おたくは野菜も果物も買わねえのか?」と聞きたくなりもします。(天敵農法が万能であるわけではありません。天敵の導入で生態系が破壊された例もあり、天敵生物が増えすぎた結果、今まで食べていなかった物を食べ始めてしまうこともあります。新しい作物が最初のうちは病害虫に強くても、何年か経つといままでかからなかった病気や害虫の被害にあったりし始めることがあります。)

アダムとエヴァがエデンの園を追われたのは「禁断の知識の実」を食べたからだ、聖書に書かれていますが、よくこれは農耕を始めて自然を破壊した事の比喩ではないかと言われますよね。自然の恵みに飽き足らず、自然を破壊しておいしいものを食べようとした人間が神に罰せられたのだと。
農耕が貧富という概念を生み、それによって人間に見栄が生じたことが、「裸でいることを恥じるようになった」
そして「ノアの方舟」は人間の環境破壊によって引き起こされた大災害の比喩。ゲリラ豪雨の多い昨今、なんか真実味があります。

ラダックで修業をされていた僧侶の方がおっしゃってましたが、小乗派仏教の地域の人は虫も殺さないそうです。(「殺傷戒」かな? 違っていたらすみません)
「じゃあ自然に殺されてもいいの?」と聞きたくもなりますが、自然に溶け込んで生きるとはそういうことなのかもしれません。

農業にも行き詰まりを感じ、思考も袋小路。
自分の生きたい生き方、好きなことはハッキリしているのですが、それを実現する自信も持てないし、それが正しいことなのか確信が持てません。
宗教で自分を洗脳してしまったら楽かもしれませんが、性格的に無理でしょう。

とりあえず、雨の間は農業書の再読と非化石燃料エンジンの研究を進め、農機具の修理をしようと思います。