2008/08/17 20:00

携帯が故障していろいろ写真がアップできないのが寂しいですが、今年は天候に恵まれ米は豊作のようですね。
価格もやや下がるようなので、皆さん沢山お米を食べて力を付けましょう!

米の農協出荷は去年一度、わずかな量をやったきりなので、価格の事はよくわからないところもあるのですが、生産年は仮渡し金をもらい、数年後その調整分が支給されるようです。

近所の米農家さんと田の水見回りなどで会うと、いろいろ雑談になったりします。

「今年は豊作みたいですね~」「また米の値段が下がってしまうだ」「ウチの稲はスズメに食われて大変だ」「今年は機械が入れ替えで黒字が出ねえ、母ちゃん売りに出さねば(笑)」

どちらにせよ、あまり明るい話題はありません。
皆さん、老骨に鞭打ち、利益にならなくても、祖先の切り開いた田畑を守ってきた人たちです。自分たちで実態のない組織を作っては天下りし、大した仕事もせずに退職金をせしめ、のうのうと贅沢な暮しをしている人達の対極にいる立派な人たちです。そんな人たちがこんなに夢も希望もなく苦しんでいるのに、「農家は売る努力が足りなかった」などと言うTVの解説者はちょっと酷いきがします。稲作偏重の農政の歴史にも暗い闇が潜んではいるのでしょうが…。

ひのき農園も稲作で黒字になった事はありません。
近所の農家さんは口々に「米は楽だで、なんでやんねえだ?」と言いますが、田畑がいちいち遠いので、朝晩二回の見回りが大変に燃料費を上げてしまっている上、コンバインなども持っていないひのき農園には楽な作物ではないのです。
それに昨今の世界情勢や国内情勢を見てもとても稲作に労力と資金を投入する勇気はありませんでした。なので自家用米のみを作ってきました。


以下、自論の吐露ですので興味のある方のみ読んでください。


稲作に関する議論は百家争鳴・多事総論(使い方合ってるかな?)ではあるのですが、「稲作を守ると言うのは日本の文化を守ること」という意見には賛成です。
環境映像祭のラダックの映像や、以前のキューバを見ても、主食の自給を放棄した国に平和は無いのではないか? と感じるのです。日本がいつかつてのキューバのように食糧の輸入を受けられなくなるかはわかりません。世界的な天候不順が起こればすぐにでもそうなるでしょう。そんな時キューバのように有機農業で完全自給を達成出来るでしょうか?

ただ、世界情勢は日本の稲作には逆風で、いつまで鎖国を続けられるか微妙です。日本が工業立国である以上、農業はそのあおりを受け続けて行くでしょう。機械を売ってお金持ちになった日本は、引き換えに農産物を輸入しなければならないのです。

日本のコメは世界の平均米価の10倍だとか。今の十分の一の価格の米が市場に出回ったら、味はともかく日本の稲作はほぼ壊滅です。田園風景は一部の名産地のみでしか見られなくなるでしょう。

「じゃあ違うものを作ればいいじゃん」などと言うのは農業をやった事のない人の考えで、稲作に限らず農業で生計を立てようとすれば多額の資金を投じての設備投資や機械の購入は必須であり、それぞれ作物の栽培体系によって機能が特化しているため、簡単に転作など出来ないのです。また一年で一作がほとんどの農業では、経験のない作物を作ると言うのは大変に勇気がいる事なのです。

ひのき農園のように若者が奮闘しても手作業の畑作では作業が過酷なのに儲かりません。ましてや高齢化した農村では大面積をこなせず、農地があっという間に荒廃してしまうでしょう。そうなれば食料自給率を上げるどころの話ではありません。

これから日本では「農地は先祖伝来の個人資産」という観念は薄れていき、「農地は国民共有の財産」と言う価値観が浸透し、農業も大規模な企業農業化と家庭菜園の所有率の上昇など二極化が進むのかもしれません。山林や海もそうなりつつありますね。みんなで守り育てていく公共の資源。

ひのき農園もこれからはお客さんと直接繋がって、時にはお客さんと一緒に何かを作ったりできるようにしていきたいものです。そのための技術を磨いていきたいと思います。

よく「お客様は神様です」という言葉を誤解して「暴君」や「暗君」になっているお客様が多いですが、「モノを買う」と言う行為は一種の投票行動なのであって、消費者が「安ければいい」「ブランドならいい」という買い方をしてきた故に昨今の問題は起こっているわけで、「神様」なら神様らしく「良いものを適正な価格で必要なだけ」買っていれば良い品が残り、粗悪な商品は淘汰される理屈です。
セールだから買う、半額になったら買うという事を繰り返していれば、当然売る側も考えますよね。過剰なコストカット圧力が、労働者の待遇や商品の質を落とすことにもなるのです。また「オーガニックだから」とか「エコっぽいから」と言う買い方も、現実の生産現場を見てみたら全然環境に優しくなかったりする事もあるそうで、規格やブランドも過信はできません。
値段やイメージに踊らされず、自らの生活を律する事が消費者にも求められている事のように思います。

取りとめなく長文になってしまいました。

「金は無くとも正直に誠実に」「働くことが喜び」
桧原家初代からの伝統を守って行きたいと思います。