2008/08/10 21:28

ちょっとわかりにくいにですが、先日助けたテントウムシのサナギを、葉っぱごと支柱に張り付けた様子です。
なんと初日から次々羽化! 羽を乾かす姿が可愛いです。
一日一善。いいことしたなあ。
しかし、この事から分かるのは、農業、田畑というものは、その存在が自然を破壊して作られたものであるという事。
そして、特定の動植物や細菌を排除しなければ成り立たないこと。テントウムシを保護し、アブラムシを殺す。
人間以外の生物にとっては、人間こそが最大の害獣であるという事。
無農薬の農業など、偽善であると断言できます。
現在の日本の健康と長寿は、フードマイレージにかかわらず世界中から食材を集め、農薬と機械によって農業の重労働を減らし、飢餓を駆逐した故に達成されたもの。
戦後世代の人々にはよくわかることではないでしょうか? そんな世代の人に限って「無農薬だから美味しいね」とか「有機肥料を使った野菜は美味しいから、虫や獣もよく分かっているんだよ」などと、非科学的な事を言う人も多いのですが…。どちらも科学的に肯定されている事ではありません。
まだ世界には飢餓に苦しみ、平均寿命が日本より圧倒的に低い国があるにもかかわらず、農薬の毒性の健康への影響を気にしている。
ひのき農園のメンバーも、休み無しで体のあちこちを痛めながら無農薬の野菜を作ってきましたが、貧乏を笑われ、草だらけの畑を笑われ…。傷つくわけではないですが、不愉快ではあります。
三代目Dは無農薬にこだわることをやめていこうと思います。積極的に使用したいとは思いませんが、切り札としてはとっておきたいです。毎日、自然と格闘していると「もう、勝てない」と思う時もあるのです。大事な家族の寿命を削ってまではできません。
農薬について言うならば、水銀やDDTのなどの強残留性の農薬の時代は去り、現在の農薬は残留性に対して非常にシビアに研究がされています。
化学成分を合成すると言う事は、自然界では合成されにくいために残留性の高い物質を作ることも出来ますが、逆に自然界では分解されやすいため存在しにくい物質も作れるわけで、天然由来の成分より残留性の少ない農薬が巨額の費用をつぎ込まれて、日進月歩で研究されています。むろん、散布後変化したり、化合物となったときの危険性がすべて研究されつくしているかはわかりませんが…。
よく、たばこの吸い殻を水につけて抽出液を作り、殺虫剤として使用している人がいますが、ニコチンは強力な毒性を持っているので、濃度のコントロールや残留性の検査がされていない以上、かえって農薬より危険ではないでしょうか。
同じく「天然由来成分だから安心」と自然農薬の使用も行われていますが、こちらも危険性や残留性、の研究が少ない以上(研究してもお金にならない)、安全などとは言えません。かつては足尾銅山の鉱毒問題などがありましたが、天然物も人体を損なうものです。生活習慣病の原因は塩や砂糖の取りすぎが原因の上位に来るのですから。
オゾン層の破壊の一大要因として禁止されたフロンガスも、登場した時は「人体に無害」という事が脚光を浴び、喝采を持って迎えられたものでした。
現在、「安全だ」「体にいい」などと言われている物質やサプリメントなども、数年後には「環境ホルモンの原因物質になる」とか「摂りすぎは発がん性が上がる」などと言われているかもしれません。
逆説的に言えば、農薬成分の中には人体に有益なものもあるかもしれません。
結論として何が問題なのかと言えば、人口の爆発的増加
で、地球がもう限界に来ているという事です。
日本の自給率が低い→食料を増産せよ→農業の大規模化と効率化などという短絡的な発想は大間違いで、世界的に見ても、これ以上自然破壊を極めた収奪的な農業で食料を増産する事は出来ません。
「見渡す限りの○○畑」などというモノカルチャーは、実に醜悪な自然破壊の姿なのです。「安曇野の田園風景」も人間が自然を加工した姿であることには変わりありません。
まずは人口の増加を抑制し、人々のライフスタイルを大量消費・大量廃棄型から少量消費・地産地消循環型にする事こそが急務なのではないでしょうか。
三代目Dの今日は、朝五時起床、野菜を洗って袋詰め、日中5時間刈り払い機で草刈り、夕方野菜の収穫、夕食(三食自炊、肉は無し)、現在ブログ書き、これから野菜の洗いと袋詰めです。
毎日こんな感じで、半年くらい休んでません。
でも、毎晩ビールが強烈においしいので幸せです。天職です。いつ死んでも悔いはありません。
異論、反論お待ちしています。真実の追求こそ人類に与えられた至上の快楽にして存在意義。
取材等は拒否します。ジャーナリストなら命がけで戦争を止めて下さい。ミャンマーで死んだあの人のように。「ペンは剣より強い」んでしょ。
投稿者 : sandaimeD
