2008/04/15 22:34

本日は「ラダック」という、インドの端っこにある地域で、チベット仏教の教えのもとでつい最近まで平和に暮らしてきた人々が、突如流入した工業文明や貨幣経済に浸食され、伝統的共同体をズタズタにされる様を映したドキュメンタリーを見た後。そのラダックの寺院でかつて仏教の修行をしてきた野口さんと言うお坊さんの話を聞きました。

野口さんのお話はTVでは絶対に聞けないリアルな現地のお話で、深く心に響くものでした。
印象に残った言葉としては「ひもじさに耐え、瞑想に励み心を空っぽにし、厳格な修行をしてきた僧は、近代化をいち早く取り入れた寺院の僧侶より明らかに長命で元気だった」とか「ラダックの人々は伝統的生き方を破壊されても、多くの人が自分たちのセンター(中心)を失わないで生きているので、心根はまだ生きている。誰でも心のセンターを確立できればどこに行っても変わることなく生きていける」とか「環境を守るという事は、水や空気をきれいにする事で守れることではない」という言葉でした。(この文章は全て自分で解釈した言葉なので、野口さんの意図した意味ではないかもしれません。ご了承ください。)

いかなる時も虫も殺さないラダックの人々や、川の水は女神の雫だから絶対に汚さない為に、小学生まで当たり前に歯磨き粉を使わない日本の村を引き合いに出され、それこそが環境を守るという事なのだと言うことでした。

ドキュメンタリーからは「貨幣経済や近代文明は決して人間を幸福にするわけではない」というメッセージも強く感じました。ただ、この西洋人の作ったドキュメンタリーについては野口さんは西洋人のラダックにおける振る舞いに不快感を持っていたとの事でした。
西洋人は自分が勝者=正義であるという無意識の感覚があるので(単に暴力的だっただけなのですが)、観察する姿勢は見せても真に吸収する事が出来ないのかな~と感じました。現代にいたるまで考え方を圧力かけて押しつける事に何の疑問も持っていませんからね。





写真は最近のひのき農園の野菜たちです。青物も出始めました。
果樹の手入れや稲の育苗もあり、非常に忙しい日々ですが、環境映像祭で学ぶいろいろな事は、僕の将来に大きな影響を与えてくれそうです。