三代目Dは特に研修を受けたことは無く、飛び入りで農業を初め、お師匠さんと呼ぶ近所の農家さんと一緒に時々仕事をさせてもらいながら、農業で生計を立てつつ、勉強をつづける毎日です。
農業書を片手に、拙い手つきで作業をしている三代目Dを見て、いろんな農家さんが道すがら声をかけてくれます。
激励してくれる方、指導してくれる方、身の上話をしてくれる方、いろいろいらっしゃって皆さんのご厚意が身にしみる毎日です。
ただ、皆さんお互いを「○○の大将」などと呼び合う事があるほど自信に溢れた農園の社長さん達なので、自論の強さではなかなか譲りません。
Aさんが畑に来て「こうしたほうがいい」と指導して下さると、その後Bさんが来て「なんでそんな無駄な事をやっているだい」とおっしゃる。僕の読んでいる農業書にはまた別のやり方が書いてあって…。
と、三代目Dは困り果ててしまうわけです。
結局どれかのやり方を選択しなければならないのですが、どれを採っても気まずい思いをしてしまします。
4年目の経験としては、自分の畑に関しては、自分の考えにしたがった方がうまく行くことが多いです(笑)。
農業もこの50年で驚くほど変化してきてしまっていて、年配の農家さんのやり方は失礼ながら「古い」事が多いのです。また、収量や見た目が全てだった時代の農業者と、環境対策や減農薬を優先している三代目Dの意識のギャップもあります。
ただ、年配の農家さんの経験が生きないのは、農業のあり方の変化だけではなく、社会の変化や、気候の変化や農薬耐性を持つ病害虫の絶え間ない発生などにも原因がありそうです。
常に農業を取り巻く環境が変化し続けてしまっていて、「経験」に従うと失敗してしまう事が多いのです。
「百姓は毎年一年生」という言葉の意味がわかった気がしました。柔軟な思考を失わないよう、謙虚な心を失わないように勉強を続けていきたいと思います。
2008/04/10 20:18
投稿者 : sandaimeD
