作業がとてもとても遅れて困っています。
作業がワンテンポ遅れると、恵みの雨のはずが恨めしい雨に変わってしまうので、頑張る時は頑張っておかねばなあと反省しています。

エンドウに花がつき始めました。
追肥せねば…。冬越しにはプラスだった黒マルチですが、暑さに弱いエンドウはこれから黒マルチでは枯れるのが早まってしまいそうです。どうしようかなあ…。

ジャガイモ植えました。前作ネギの後そのまま植えつけです。自然農的!? 輪作の相性としてはどうなんでしょうかね?

トマトの苗です。居間の窓際でずっと育ててきましたが、日当たりが悪く、暖房もケチってしまったため、かえって成長が遅れてしまいました。
来年は大きめのハウスを作って育苗出来たらいいなあと思います。
本日は快晴! 今日もひのき農園は家族一同フルパワーで農作業です。
2代目一徹は育苗と種まき、初代はネギの定植とトラクター、3代目Rと女将は野菜の出荷、3代目Dは田畑の肥料散布(人力で400キロ位まいたよ~)とトラクターでした。ビールが旨いっす!
今年の稲作は面積を減らして、無農薬の田を増やしました。肥料は食味が好評だった安曇野オリジナル米「自然の恵み」(だったかな?)に準処しますが、除草剤を使わず人力で除草します。アイガモや米ぬか除草の準備ができなかったので、友人のIさん夫妻と気合で草取りです。オラの汗で旨い米になってくれろ!

環境映像祭については、もう書かないつもりでしたが7日間全て出席して、最後にまとめを。
「足るを知る」「愛のある経済活動を」「地域のコミュニティー(共同体)の復活を」
絞るとすればこの三点が印象に残った内容でした。
経済新聞をみれば、やれ買収だ、合併だと戦国時代さながらの合従連衡の日々。マネーの前には無駄や矛盾も頭を垂れる。スポーツにはいつでもどこでも政治と金が絡んで、薬漬けでも結果が全て。
温暖化をはじめとする環境問題に対して、全世界の人間が力を合わせなければいけないのに、津々浦々で競争や戦争ばかり。
ニュースを見ても「責任! 責任!」の追及合戦。建設的な議論などどこにもなくて、あるのは利権の奪い合いと罪の押し付け合い。
チベット問題にしても、世界から国境が無くなったらどうなるのかな?
交通手段・インターネット・コンピューターによる同時通訳(電話を介せば異国語同士の同時会話が出来る日ももうすぐだ。英会話教室が要らなくなる。)の発達で、隣の住人より、地球の反対側の人間の方が近くなるかもしれない昨今、もうパスポートだとか両替とかいらなくなる日も近いはずなのに、なぜこんな事が続くのか。
庶民にとってはパスポートなしで世界旅行が出来て、為替レート気にせず単一通貨が世界で使えれば、こんな便利なことはないのでは? 結局、権力者のエゴが問題なのでは? 権威や名声が権力や財力や暴力によってしか裏打ちされないのでは、野獣の世界と変わらない。「虎は死して皮を残し、人は死して名を残す」のだから。
アインシュタインもジョン・レノンもそんな世界を願っていたと思うんだけど。
世界連邦に世界通貨(並行して地域通貨の普及)、軍隊の廃止と世界警察。こんな世の中になったら果たしてどうなるのか?
人間の闘争本能や権力欲や見栄が無くなるわけではないから必ずしも上手く行くわけではないだろうけど。
闘争本能こそオリンピックのようなスポーツで正々堂々解消して欲しいものだ。国境がオリンピックのチーム分けにしか残らないような世界になればいいなあ。

安曇野市豊科高家の生涯学習センター前に(高家グラウンド周辺)商店や各種団体のみなさんが集まってお祭りを開きました。生涯学習センターでは昔の地域の懐かしい映像の上映会があったり、宅養老所では演奏会が開かれたりと、盛りだくさんの内容でした。
地域の方々の強力なバックアップもあり、なかなかにバラエティーに富んだ出店があり、お客さんも楽しんでいかれました。
恒例行事になって、桜の季節には高家グラウンド周りでは
何かやっているというくらいになればいいですね。高家グラウンドの桜はなかなか壮観ですよ~。今日は桜も大変きれいでした。
地域の方々の絆がとても強まったように思います。
とても楽しかったです。
傷一つないホウレンソウ達が。


美味しそうでしょう?
雑草のほとんどはナズナです。
来年またたくさん生えてもらいたいです。
満開の桜の下に、黄色いたんぽぽ、青いオオイヌノフグリ、紫のヒメオドリコソウ、白いナズナ。
春って美しいですね。
本日は「エンデの遺言・根源からお金を問う」と言うテーマでした。ゲストはおぐらやま農場の松村さん。今回も実に実に充実した内容でした。
初めにお断りしますが、ブログの内容は全て三代目Dの私見です。誤解も感情も混じっていますが、毀誉褒貶は極力排除して書いているつもりです。
まず、『モモ』で有名なミヒャエル・エンデが生前に残した言葉と共に現代の市場原理主義競争社会の矛盾とそれに対するアンチテーゼの動きを追ったドキュメンタリーを見ました。
金本位制から解き放たれた「マネー」は実態から切り離され、不滅性(非物質性)と無限の膨張性(利子)を手に入れたことから、現在の経済の混乱は始まった。
お金を持つものは何もせずとも豊かになり続け、負債を負うものはブラックホールに落ちる。永遠に競争が続けば、勝者が最後の一人になるまで、ノックアウト方式のサバイバルが続く。現にアメリカではごくわずかの人間がほとんどの資本を握っているのだ。
話が逸れるが、小泉首相は「民営化」を叫んで大人気だった。公共事業だった郵便を競争原理に置けばいい事があるとみんなが信じたのだ。
それが今の世の中をみんなが支持した理由だろう。
「みんなで力を合わせて少しずつ豊かになろう」とするより「チームに分かれて競い合って無駄を減らして、効率を上げ、勝った人にはご褒美を与える事で意欲を掻き立て、より良い世の中にしていこう」としたのだ。
まさに小学校から定年まで、現代の社会の縦軸だ。
だが、同時に地域社会では横軸として様々な「助け合いの組織」がある。義務の分担ともいえるこれらの様々な組織はお互いを蹴落とすのではなく、支えあっている。
核家族や地域社会の崩壊が進行しているのは、縦軸のテンションが強すぎて、いびつな形の社会になっているからだろう。
そこで話を戻すと、ドキュメンタリーでは世界各国の「地域通貨」の取り組みが紹介されていた。紙幣の形をしたもの、通帳の形をしたもの、地域の銀行が発行するもの、形態は様々だがそれらは全て利子を生まないため(取っておいても増えない)、地域のお金の流れを活発にし、地域通貨のコミュニテイーに参加することでモノとサービスを地域の人間同士の信頼関係と言う潤滑油で循環させることが出来るようになっているのだ。
ドキュメンタリーの内容はとても全て書ききれないが、印象とした感じたのは、これから地域通貨と世界通貨の二種類が広まっていくであろうこと。それと日本でも増えている「ワーキングプア」のように中流の人々が強者にどんどん蹴落とされていく社会でいくら頑張っても無駄だという事にいつかみんなが気づくだろうことでした。もう会社は社会的意義よりも生存が第一義で、従業員は兵士ではなく鉄砲玉になってしまっているのだから。「モモ」みたいな社会でみんな満足なのだろうか? 古代ローマ人は午前中しか仕事しなかったらしいよ。午後は余暇。
その後、松村さんのお話があったのだが、これが深刻な話を笑い飛ばす痛快なドキュメンタリーでした。
おぐらやま農場の日常を撮った写真のスライドを見ながら、安曇野の地域通貨の現状なども話して下さったのですが、おぐらやま農場には常に世界中からやって来たウーファー(労働力を提供することで金銭を介せず宿泊する旅人)や友人の協力があって、農場の仕事も農業倉庫の建設すらもある程度マネーや地域通貨のお世話にならずに出来てしまう。
天恵緑汁などの自然農薬を使い、旬の食材を余すところなく加工して使い、まさに先日の話のようなパーマカルチャーのような生活を実践している松村さんの所には世界中からウーファーが来て、リピーターになってしまっているようです。
正直農家の立場からすると、素人のお手伝いは迷惑千万。むしろ金を取りたいくらいなものです。素人のウーファーさんに食事と宿を提供するのですから、収支計算をすれば間違いなくシルバー人材を雇用した方が安上がりで仕事も正確です。
でもおぐらやま農場に集まる人々の生き生きとした笑顔を見て、お金は社会とつながる接点であって、人間とつながる接点ではないのだなあと感じさせられました。
最後に松村さんが弾き語りしてくれた「リンゴ畑の詩」(当人オリジナル曲)は名曲です。鳥肌立って涙腺緩みました。
本日は「パーマカルチャー」
ニュージーランドのパーマカルチャー実践者のドキュメンタリーを見た後、シャロムヒュッテの臼井さんのお話を聞きました。
ニュージーランドの方は循環的な農的生活を営むにあたって、家屋の作り方から田畑や家畜の配置まで、研究を重ねた無駄のないあり様で、自給自足的な生活を非常に楽しんでおられたのが印象的でした。トイレが枯草を使ったバイオトイレになっていて、それが田畑の肥料として再利用されていたり、給水と排水までも合理的に環境負荷を与えない設計になっていたり、いろんな家畜がのびのび暮らしていたりと、人生の楽園ってこんなだよな~と、惚れ惚れと見ていました。
シャロムヒュッテの臼井さんはもう語る必要のないくらい有名な方ですが、肩肘張らずに楽しくパーマカルチャーの必要性を語って下さり、参加者も伸び伸びと意見を交わしあって、とても有意義な時間を過ごせた様に思います。
僕もこんな理想の生活にはまだまだ遠いですが、一生をかけても実現して行きたいと思いました。
写真は冬越しのエンドウです。なんだかモジャモジャですね。10cmくらいの姿であの厳寒の冬を越した姿に感動しました。1か月以上雪の下にあっても枯れなかった凄いやつらです。


今日は稲作の育苗を教わっている本山さんのお宅で作業をしてきました。
本山さんはまさに豪放磊落な人で、気前よく稲作の研修をさせてくれました。労働力でお返しします。
小さなお孫さんが楽しみながら元気一杯でお手伝いしてくれました。本当にありがとう! 秋のお餅つきが楽しみだね!
農業は本来楽しいもののはず。そんな事を再確認できました。
本日は「ラダック」という、インドの端っこにある地域で、チベット仏教の教えのもとでつい最近まで平和に暮らしてきた人々が、突如流入した工業文明や貨幣経済に浸食され、伝統的共同体をズタズタにされる様を映したドキュメンタリーを見た後。そのラダックの寺院でかつて仏教の修行をしてきた野口さんと言うお坊さんの話を聞きました。
野口さんのお話はTVでは絶対に聞けないリアルな現地のお話で、深く心に響くものでした。
印象に残った言葉としては「ひもじさに耐え、瞑想に励み心を空っぽにし、厳格な修行をしてきた僧は、近代化をいち早く取り入れた寺院の僧侶より明らかに長命で元気だった」とか「ラダックの人々は伝統的生き方を破壊されても、多くの人が自分たちのセンター(中心)を失わないで生きているので、心根はまだ生きている。誰でも心のセンターを確立できればどこに行っても変わることなく生きていける」とか「環境を守るという事は、水や空気をきれいにする事で守れることではない」という言葉でした。(この文章は全て自分で解釈した言葉なので、野口さんの意図した意味ではないかもしれません。ご了承ください。)
いかなる時も虫も殺さないラダックの人々や、川の水は女神の雫だから絶対に汚さない為に、小学生まで当たり前に歯磨き粉を使わない日本の村を引き合いに出され、それこそが環境を守るという事なのだと言うことでした。
ドキュメンタリーからは「貨幣経済や近代文明は決して人間を幸福にするわけではない」というメッセージも強く感じました。ただ、この西洋人の作ったドキュメンタリーについては野口さんは西洋人のラダックにおける振る舞いに不快感を持っていたとの事でした。
西洋人は自分が勝者=正義であるという無意識の感覚があるので(単に暴力的だっただけなのですが)、観察する姿勢は見せても真に吸収する事が出来ないのかな~と感じました。現代にいたるまで考え方を圧力かけて押しつける事に何の疑問も持っていませんからね。

写真は最近のひのき農園の野菜たちです。青物も出始めました。
果樹の手入れや稲の育苗もあり、非常に忙しい日々ですが、環境映像祭で学ぶいろいろな事は、僕の将来に大きな影響を与えてくれそうです。
本日のテーマは「シュタイナー教育」。
全く知識がなかったので、サボろうかなと思っていたのですが、行ってビックリ。30年の人生で十指に入る衝撃を受けました。
見たドキュメンタリーと講師の先生のお話を聞いて、シュタイナーの理論に基づいた学校のほかにも農場、授産施設、病院、銀行などがあることを知りました。いずれも非常に高尚で善良な活動をしていていました。
理論の詳細は聞いたばかりで詳しくはないので、印象として話すと、「これだけ一見してカルトなコミュニティーが今の社会の中で矛盾せず成長できるのは、理論に破綻が無く真実に立脚している証明なのでは」と感じました。
シュタイナーの理論は宗教も科学も哲学も実によく昇華していて、まさに「思考法のOS」と言った印象です。
シュタイナーの理論をベースに世界の事象を捉えるのは、実に有効な手段に感じました。
ただ、子供には難しすぎるかな…。踊りや文様を描く意味を知らずに繰り返しても無意味で、いたずらにストレスや反発を招くだけ。大人にこそ必要な学問でしょう。
写真は大好評の「ベーターリッチニンジン・葉っぱ入り」です。
ニンジンの葉の天ぷらがおいしいんですよね。
葉っぱの柔らかい今だけの限定商品です。

穂高駅前のひつじ屋さんで開催されている「環境映像祭」初日に行ってきました。
本日は植林ボランティアによって緑が蘇り、生態系も人間の生活も取り戻せたというネパールの実例を、ボランティアの中心になって活動していた本人がお話ししてくださいました。
すばらしい行動力と志です。ただただ尊敬するばかり。
自分も農業をやる上で、林業や漁業との連携は欠かせないとの思いから、本日の講演に参加させていただきましたが、とても勉強になりました。
印象に残った言葉として、「ネパールでは木を一本切って材木にすると教師の半年分の給料になる」とのこと。やはり為替レートって恐ろしいものです。日本でこれだったら今頃山と言う山は皆禿山になってるでしょう。先進国の贅沢を支えるために、いままで犠牲になってきた発展途上国の人々の事を思うと暗澹たる気持ちになってしまいます。餃子中毒事件で中国にキレていたコメンテーターを見て「あんたは王様かい? 餃子くらい自分で作んなよ!」と突っ込み入れたくなった中国人は多いはず。
まあひのき農園の収入は、国際標準を下回っている可能性が高いのでまあ許して欲しいものです。三代目Dはコンビニ弁当やファーストフードを原則やめました。
でも、一度豊かさを味わったからこそこんな事も言えるんですよね。
マスターカードでも買えないものはいっぱいあるわけです。見栄が無ければ無駄も減るのに。ブランド物の財布が無いと不安な人の心理がよくわかりません。お金がなくなったら草食って生きてやります(すでにそうなりつつあるかな…。「雑草は敵じゃない! 食料だ!(ひのき農園家訓))病気になったら医療保険無駄遣いせずに死んでやります(たぶん痛みで挫折)。
三代目Dは特に研修を受けたことは無く、飛び入りで農業を初め、お師匠さんと呼ぶ近所の農家さんと一緒に時々仕事をさせてもらいながら、農業で生計を立てつつ、勉強をつづける毎日です。
農業書を片手に、拙い手つきで作業をしている三代目Dを見て、いろんな農家さんが道すがら声をかけてくれます。
激励してくれる方、指導してくれる方、身の上話をしてくれる方、いろいろいらっしゃって皆さんのご厚意が身にしみる毎日です。
ただ、皆さんお互いを「○○の大将」などと呼び合う事があるほど自信に溢れた農園の社長さん達なので、自論の強さではなかなか譲りません。
Aさんが畑に来て「こうしたほうがいい」と指導して下さると、その後Bさんが来て「なんでそんな無駄な事をやっているだい」とおっしゃる。僕の読んでいる農業書にはまた別のやり方が書いてあって…。
と、三代目Dは困り果ててしまうわけです。
結局どれかのやり方を選択しなければならないのですが、どれを採っても気まずい思いをしてしまします。
4年目の経験としては、自分の畑に関しては、自分の考えにしたがった方がうまく行くことが多いです(笑)。
農業もこの50年で驚くほど変化してきてしまっていて、年配の農家さんのやり方は失礼ながら「古い」事が多いのです。また、収量や見た目が全てだった時代の農業者と、環境対策や減農薬を優先している三代目Dの意識のギャップもあります。
ただ、年配の農家さんの経験が生きないのは、農業のあり方の変化だけではなく、社会の変化や、気候の変化や農薬耐性を持つ病害虫の絶え間ない発生などにも原因がありそうです。
常に農業を取り巻く環境が変化し続けてしまっていて、「経験」に従うと失敗してしまう事が多いのです。
「百姓は毎年一年生」という言葉の意味がわかった気がしました。柔軟な思考を失わないよう、謙虚な心を失わないように勉強を続けていきたいと思います。
農業をやっているといろんな補助金や助成金がある。
4年目にして初めてまとまった額の補助金をもらい、驚いた。いろいろ通知は貰ってきたのだが、良く理解できなかったのだ。
いままで土地の貸し借りで、理解できないやり取りがあったのだが、これで納得した。そうかお金が入るからあの時あの人はこうしようとしたのかと。
今でこそ三代目Dは自給自足的な小規模農家を志向しているが、以前は周囲の勧めで大規模化を目指していた時期もあった。随分と周囲の大規模農家からは疎まれ、村八分のような扱いを受けた時期があったのはこのせいだったのだ。農地をたくさん管理していればお金になるのだ。
高齢の農家さんと話していると「農業でお金を稼ぐ」=「大規模化・機械化・施設化」という固定観念が強いが、その発想に補助金や助成金の存在は欠かせない。
どう考えても異常な感じがする。
大豆や小麦などは、その補助金がなければほぼ確実に赤字になる。作れば作るほど損をしてしまう。米や野菜も何かと補助金や助成金があるのだが、それは大部分が税金から来たものかもしれない。
日本に限らず、穀倉地帯の国々でも穀物は補助金なしでは作れないらしい。そんな経済の仕組みっておかしくないか?
祖父母の世代にはまだ、人糞を汲んで畠に撒いて農業をしていた。それで農薬や化学肥料や機械が登場して大規模化が進み、農業から離れる人が多くなった。
農業を取り巻く環境の激変に、農地を扱う法律や農業にかかわる法律が全くついて行けていないのだ。
役人はお金をバラまき、国民は補助に吸いつく。
そんな構図が農業に限らず蔓延していて、戦争の時はあれほど「お国の為に」と体を張った日本人が、今では官も民も税金の奪い合いをしている。
その結果が、1000兆円の借金・年金崩壊・実現不可能な公的保険制度・超高齢化社会なのではないのだろうか?
僕らの世代はそれを背負ってこれから生きていかなくてはいけません。正直僕は年上の世代を尊敬できません。
時々「日本から独立したい」なんて酒飲み話をするものです。
とりあえず僕は質素倹約をして、出来る限りのボランティア活動をして生きていこうと思っています。

ニンジンではよくあるのですが、大根では初めてです。

仲良きことは善きことですな|  ̄▽ ̄)ゝ”
昨日、今日と友人Iさんと一緒に松本市の養鶏農家さんから鶏糞をもらってきました。
かなり重かったので筋肉痛ですが、おかげさまでビールが最高においしいです。
ついに肥料の地産地消に成功しましたヽ(´ー`)ノ

Iさん養鶏農家さん本当にありがとうございました。
頑張っておいしい野菜を作ります!
話変わって、畑に不法投棄された布団です。

いままでもいろんなものを捨てられてきましたがこれは過去最大級のゴミです。
心無い人もいるものです。
安曇野市役所の方に相談したところ親身に対応して下さり、解決することができました。本当にありがとうございました。
ある畑に定期的にビールの空き缶を捨てて行く人がいますが、人里離れた畑なので飲酒運転であることは間違いありません。警察の方も重点的に見回っているそうなのでほどなく捕まることと思います。

