MacFanさんの記事を拝見して、
エントリーすることにしてみました。
個人的なお話になりますが
どうかご容赦下さい。
中学1・2年のときに同じクラスだった
女の子がいました。
とても大人しかった彼女とは、
おそらく同じクラスだった2年間を通じても
言葉を交わした回数は、片手の指の数にも
満たなかったかもしれません。
その彼女との思い出と言えば、
放課後の木造校舎の教室で、
お互い、おそらく忘れ物でも
取りに来たところへ偶然出くわしてしまい、
ちょっと困ったような、なんとなくきまずそうな
表情をされたことと、
彼女がクラスの男子にからかわれて、
やはりちょっと困った顔をしていたことを
覚えているくらいなものでした。
別に好きだったとか、
特に意識していたなんてことはなかった、
ただのクラスメイトの一人でしかなかった彼女の、
ちょっと困った表情だけがなぜ強く印象に残っているのか
今でも私にはわかりません。
3年生のときはクラスが別になってしまったため、
どこの高校に行ったのかも知らないまま、
どんどん年だけを重ねていきました。
在学中には木造校舎も取り壊され、
卒業してから一度だけあった、
学年全体での同窓会にも確か、
彼女は来ていなかったように覚えています。
時々、ふと思い出すことはあっても
もちろん連絡を取るなんてことは無く、
稀に会う友人たちとの会話にも、
彼女の名前が出てくることは全くありませんでした。
その彼女の名前を、あるサイトで
見かけたのはもう6年前のことでした。
SNSのようなサイトだったのですが、
彼女の名前を見つけたとき、
彼女の、ちょっと困ったような表情を鮮明に思い出し、
懐かしくてメールを出そうかどうしようか迷ったのですが、
そんなに交流があった訳ではないし、
今更メールを出されても覚えていないかもしれない、
と、そのままにしてしまいました。
そしてまた、なんとなく、気にしたまま
しばらく時間が過ぎました。
彼女の名前をそのサイトで
見かけてから4年程経ったある日、
今度は新聞の朝刊を読んでいると、
彼女の名前が載っているのが目に入りました。
名前を見た瞬間に私は、あの時の木造校舎での
ちょっと困ったような彼女の顔を
再び鮮明に思い出しました。
ただ悲しい事に・・・その名前が載っていた記事は、
交通事故の記事で、その名前の女性が亡くなったことを
伝えていました。
年齢を確認すると、私と同い年。
住所は住んでいた場所とは異なりましたが、隣の街。
心当たりのありそうな友人に問い合わせたり、
警察に知り合いのいる人物に、
確認を取ってみたのですが、
私の知っている彼女かどうかまでは、
住居の移転やプライバシーの問題もあり、
結局調べることが出来ませんでした。
でも、その彼女のちょっと変わった名前から、
おそらく彼女自身であることは間違いないと、
私は感じています。
そのサイトには、今でも彼女の名前があって、
メールを出そうと思えば出すことが出来るようです。
ただし、一旦、そのサイト内でメールを受け取る仕組みに
なっているので、おそらくメールを出したところで
彼女の家族が見てくれるなんていうことも考えられません。
いまになってみれば、ですが、
なんで彼女の名前を最初にサイトで見かけた時に
メールを出さなかったんだろうと、
鈍い後悔が心の底に残っています。
もちろん、何も変わらなかったかも知れないけど、
本当に万に一つでも、彼女の行動を変えることが
出来ていたなら、もしかしたら、彼女が事故に
遭わなかったかも知れない。
確率としてはとても低いものかもしれないけど、
今でも時々は昔の思い出話をできる
友人として、いてくれたかも知れない。
この年になれば、困ったような顔をしなくても、
きちんと話が出来たかもしれないのに。
メールを出せなかった事が、
いまでも心残りな思い出です。
人は生きている限り、精一杯、生きなければいけませんね。
私は、本当にいつも後悔ばかりしていますが・・・
後悔してばかりの日々を、少しでも悔いる事が少なくなるよう、
見つめ直したいと思います。
暖かいコメント、ありがとうございました。
未来は誰にでも変える事ができるものです・・
未来は誰にでも平等に存在する不思議な時間です・・
後悔の思いはそっと胸の奥にしまい込んで・・
未来を一歩・一歩・歩みましょう!
これからは勇気を持って・・
一瞬の思いを言葉にしてみましょう・・
ほんのちょっと努力で・・
人生は変わるものだと思いますよ。
お話くださってありがとうございました。
ありがとうございました。
ずっと、心の中で引っかかっていたのですが、
先日のエントリーを拝見して、気持ちを
表してみたくなりました。
メールを出せなかった後悔は、
今はまだ進行形ですが、いつか少しずつ折り合いをつけて
これから同じような後悔をする事の無いよう
物事に向き合って行きたいと思います。
本当にありがとうございました。
でも、トモさんがそうやって彼女のことを気にかけて
いてくれることが彼女にとってすごくうれしいこと
だと思います。
トモさんのブログを拝見し私もエントリーしたくなりました。
よろしければお出かけください。
別れて数年後に彼から電話があり、2・3度食事をしたのですが・・・
彼が既に既婚者だったため、私から距離をおきました
彼が亡くなったのは、それから半年程してからでした
生き急いでいるような人だったので、その早すぎる死も妙に納得してしまったのですが・・・
やはり、何故私に会いにきたのか、いろいろ考えました
トモさんがメールを出していたとして、彼女にどんな変化があったのか・・・
今となっては思い巡らすほかありません
それでも、自分の知らないところで 自分の死を悲しんでくれる人がいたと知ったなら
それはきっと彼女にとっても救いになるのではないでしょうか?
私も彼のことを思い出してしまう日があります
ダーリンには申し訳ないと思いつつ、お墓参りにもいかれない
私なりの供養だと思うようにしています
長くなってしまって ごめんなさい
そんな事があったのですね・・・
残された人は、時々思い出してあげることが、
唯一、できることなのかもしれませんね。
robamimiさん、できればいつかお参りに行けるといいですね。
きっとダーリンもにっこり笑って受け入れてくれますよ。
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人はきっと 与えられたそれぞれの環境の中で、その時その場で精一杯生きるのでしょう。
それで良いのだと思います。
無理にでもそのように思うことに わたしはしています。
だからわたしは悔いのない様精一杯生きようと思います。
他人の人生を生きることはできないので、それしかないと思います。
ありがとうございました。見つめなおす時間を戴きました。