ぷちコンテストのネタ集めをしようとアルプス公園に行ったら、意外なものを発見
泉小太郎の枝垂桜でございます
写真は・・・ トモさん のを見てください
で私は、この泉小太郎伝説でうんちく語ります!
かなり長いぞ!要注意だ!
~昔話と伝説
どちらも似たようなものですが、厳密に言うと違うものです
「むか~し、むかし、あるところにおじいさんとおばあさんが住んでいました。・・・・」
昔話って大体このように始まりますよね
片や、「人武天皇さまの頃にな、有明山の山麓に・・・」(伝説:八面大王)
このように”いつ””どこで”がはっきり出てくるのが伝説です
一般に伝説は、地名や遺跡の由緒・起源を伝えるものが多いと言われています
「泉小太郎伝説」も安曇の起源を語ったものと言われています
泉小太郎伝説の由来
まずここで泉小太郎伝説の要約をご紹介
=====長野県庁HPからのコピーです=========
むかしむかし、松本、安曇の平は山々の沢から落ちる水をたたえた湖でした。そして、ここに犀龍という者が住んでいました。
また、ここから東の高梨(今の須坂市高梨あたり)というところの池には、白竜王という者が住んでおり、やがて鉢伏山というところで、二人の間に男の子が生まれました。
日光泉小太郎と名づけられた男の子は、放光寺山(今の松本市城山)あたりでりっぱに成長しました。 泉小太郎が大きくなるにつれて、母の犀龍は自分のすがたをはずかしく思い、湖のそこにかくれてしまいました。
小太郎は、こいしい母のゆくえをたずね回り、熊倉下田の奥の尾入沢(今の松本市島内平瀬と田沢のさかいのあたり)で、やっとめぐりあうことができたのです。
母の犀龍は、小太郎にしずかに語ってきかせました。「私は、本当は諏訪大明神の化身(けしん)なんですよ。氏子を栄えさせようとすがたを変えているのです。おまえは、この湖をつきやぶって水を落とし、人のすめる平地をつくるのです。さあ、わたしのせなかに乗りなさい」
言われて小太郎は、母犀龍の背中に乗りました。この地は今も犀乗沢とよばれています。 二人は、山清路(今の東筑摩郡生坂村山清路)の巨岩をつきやぶり、さらに下流の水内の橋の下(今の上水内郡信州新町久米路橋あたり)の岩山をつきやぶり、千曲川の川すじから越後(新潟県)の海まで乗りこんで行きました。
こうして、安曇平の広大なと地ができたのです。そして、小太郎と母犀龍が通った犀乗沢から千曲川と落ち合うところまでを、犀川とよぶようになりました。 その後、小太郎は有明の里(今の北安曇郡池田町十日市場)でくらし、子孫は大いに栄えたといいます。
==========コピーここまで=============
泉小太郎伝説はおそらく、安曇平と犀川の縁起を伝えた物語であると思われます
ちなみに「竜の子太郎」はこの「泉小太郎伝説」を大筋で取り入れて、童話作家の松谷みよこ氏が1960年に創作したものです
話は戻って、この「泉小太郎伝説」は池田町の川会神社に伝わった伝説であると言われています
この川会神社がある場所が「有明の里(今の北安曇郡池田町十日市場)」です
川会神社の祭神は「底津綿津見命(そこつわたつみのみこと)」=「底(そこ)津(の)綿(うみ)津(の)見命(かみさま)」つまり海の神様です
小太郎伝説と安曇平の関係
神社の祭神というのは古来、その地域に住む部族の氏神(そせん)を祭っている場合が多く、この地域が綿津見命に縁の深い民族が住む場所であったことがうかがえます
古事記ではこの綿津見命を「 阿曇連 ( あづみむらじ ) 等の祖神と 以 ( も ) ち 拝 ( いつ ) く神なり。故、阿曇連等は、その綿津見神の子、 宇都志日金柝命 ( うつしひがなさく ) の子孫なり。」(倉野憲司校注「古事記」(岩波文庫)と伝えています
阿曇連の阿曇は「あまつみ」が詰まったもので漢字をあてると「海(あま)津(つ)見(み)」=「うみのひと」という意味になります
綿津見命系の神様の大本である綿津見命三神を祭っているのが博多湾にある志賀海神社(しかうみじんじゃ)であり、志賀海神社の宮司さんは代々「阿曇姓」です
阿曇族とは元々、博多湾あたりで漁や貿易など海に関わる仕事をしていた豪族であると言えそうです
「安曇」という地名は昔は「阿曇」と表記されていましたが、和銅三年(713)に発令された好字制で安曇という表記に変わり今に至ります
安曇平に最初に住んだ(といわれる)安曇族(阿曇族)は北九州沿岸から流れてきた民族だという話は有名ですが、「泉小太郎伝説」を紐解いていくだけで、その一端を証明することができるわけです
いや~、歴史の話は楽しいなぁ
アンテナ君に負けない歴史ヲタですがなにか?
さて、勢いに乗ってさらに話を続けます
歴史の中のちょっと生々しいお話
一番最初にも書きましたが「泉小太郎伝説」は安曇平と犀川の縁起を伝えたお話だと思われます
つまり、安曇族による安曇平の開拓を美化したお話だと言えます
ところがどっこい、おかしな点があります
物語の途中で犀龍が「私は、本当は諏訪大明神の化身(けしん)なんですよ。」と語る場面があります
諏訪大明神とは諏訪大社の神様(建御名方神)のことで、諏訪族の氏神様です
北九州で中央政権との戦いに敗れて(この辺の話は省略)流れ着いた安曇族と、中央政権との縁深い諏訪族(この辺の話も省略)は敵対関係にあったと思われます
事実、坂上田村麻呂の東征の際に諏訪族は坂上田村麻呂に加勢して安曇族を滅ぼしています
では、安曇族による安曇平開拓の話になぜ諏訪大名神が出てくるのでしょうか(しかも主人公の母親として)
恐らく、今私達が読んでいる「泉小太郎伝説」は完全なオリジナルではなく、諏訪族が後に書き換えたものではないかと思います
安曇族を滅ぼした諏訪族が、安曇平開拓の栄誉も横取りして、都合よく書き換えたと考えると筋が通る気がしません??
もちろん、この説を証明する資料はありませんのであくまで私の想像の域を超えませんが・・・
なーーんてことを展望台でぼんやり考えていたら、本来行きたかったスポットに行けませんでした・・・
今週末にまたアルプス公園だ!
でも、その前に「アルプス公園deうんちく語ろう~第2弾」もあったりして
こんどはダイダラボッチと八面大王の話だ!
気が向いたらね・・・
おもしろかったです。
第2弾楽しみに待ってます。
友達と話していて
友達も梓川のダムが全部決壊したら
小太郎の時みたいになっちゃうかも(>_<)と
こちら梓川地区には
舟つなぎの桜
http://youkoso.city.matsumoto.nagano.jp/spot/?cat=6&paged=4
確かに梓川が湖だったら、この樹に舟を繋いで..と想像できるような場所にあるんです
ダイダラボッチ(デイダラボッチ)や
八面大王(ラーメンじゃなく?)
伝説がたくさん(^^)
ふむふむ、そうだったのですね・・・
>恐らく、今私達が読んでいる「泉小太郎伝説」は
>完全なオリジナルではなく、諏訪族が後に
>書き換えたものではないかと思います
これ、なるほど!って感じです。
鋭い考察力に脱帽〜!
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身近な話だとやっぱ面白いですね~♪
伝説は面白い~!第2弾楽しみにしてます(^^)