安曇野名物 魏石鬼(ぎしき)の岩屋 | Home | 国語の点数の別解釈
2008/05/08 6:18 | 印刷

算数は理解すべき考え方や計算の手順がわかれば、標準的な問題は解ける。学校の授業で教わった範囲だけを理解できれば、まずまずの成績になる。

ところがそれを自力で理解するのは大変なことで、学校で繰り返し説明してもらったり、家で教えてもらう必要が出てくる。学校は相応の時期がきたら次の単元に進んでしまうから、後は家で補ってあげる必要が出てくる。そこで家族が助けてあげないとその子はわからないままほったらかすことになり、やがては落ちこぼれてしまうわけだ。
いかに家族の助けが必要な科目であるかわかる。家族にとっても忙しい時間を割いて算数を教えるとなると、体力勝負の面があり、「勉強しなさい」の掛け声だけになりがちだ。
つまり、算数という科目は家族の努力度が点数となって現れているといえる。家族が一丸となって支えた程度が点数化されていると思えるのじゃ。
もちろん、自力で理解できる子どもは別。また、一生懸命家族が支えても成果が伴わない場合があってもおかしくないが、この場合は支え方が適していなかったことが原因として考えられそう。
この支えを得られた子どもは、中学の数学もスムーズに吸収していくこととなるだすね。

親が支えることができなければ、塾に頼むしかない。
塾はそういうところだから。
しかし、まずは金額的な面と他の習い事の面で、その子にとって必要回数通うことがなかなかできない。それで足りる子どもはよいのだが、低迷している子どもはまったく足りない。わしとしては、金銭的な面でなんとかできないものか、策を考えてはいるのだすが。

世間一般的に、家族内で教えるのは大変なことである。
だいたいけんかになって、効果を出せないものだすね。
わしも、自分のこどもに教えるのはどうしても楽しめず、スムースに進まないと怒りがちになる。
教わる側は教えて欲しいと思っているのに、教える側が面倒に思って、楽しくなれないのが原因だと思うだす。だいたいこんなもんだすね。そうなったら人様に預けるのが一番いい。

わしの場合、人様の子供を教えることは何故か楽しい。
楽しいから休まれるとがっかりしてしまうんだな。


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