2018/08/14 5:29

大正池の池畔を河童橋方面へ向かって歩きます。途中に開けた河原のようなところがあって、立派な立ち木と焼岳が我々探勝者を出迎えてくれます。この立ち木は焼岳が噴火した際、火山灰に覆われて枯れたものですが、百年以上が経った今、これだけ立派なものは数えるほどとなりました。
変わりゆく上高地の自然を象徴する場所としてもうひとつ取り上げたいのが田代池です。大正期には最深7mあったという池も流れ込む土砂によってすっかり浅くなり、その大きさは年々縮小、湿原化が進んでいます。背後の山は霞沢岳。
湿原にはまだ木が余り育っておらず、絶好のビュースポットとなっています。カラマツ林の向こうに見えるのは、明神岳や穂高の峰々。多くの人が足を留めてこれに見入っていました。現在の遊歩道は池の縁を通るルートですが、昔の絵葉書などをみると丁度画面の手前から奥にかけてのルートもあったようです。

2018/08/12 5:27

この日は夕方の波田駅周辺を歩きました。まずは駅の東側にある山道踏切で電車を待ちます。やってきたのはリバイバルカラーの3007+3008でした。日中も勿論良いのですが、西日が当たって色の表情が柔らかになるこの時間が筆者は好きです。
上の写真を撮影した地点から50mほど行ったところ、線路の南側ではりんご畑が宅地に変わっていました。波田駅周辺は松本市の立地適正化計画、いわゆるコンパクトシティ政策のなかでの都市機能誘導区域に指定されました。現地に建てられた看板をみると宅地開発は民間事業者が主体となっているようですが、この計画の策定が背後にあるものと思われます。
今もなお宅地化の進む波田駅周辺ですが、渕東方面へゆくとご覧のような田んぼが広がる風景がまだまだ見られます。沿線人口が増えることは上高地線にとって良いことなのですが、こうした同線沿線が元々もっている良さを残しながらの開発が進むことが、今後も地域を維持する(住みたいと思ってもらう)ことの前提にあると思われます。

2018/08/10 11:40

上高地を訪れる人の多くはバスでそのまま大正池や終点の上高地バスターミナルへ向かうことでしょう。しかしそこは弊通信の筆者。公園内に入って最初のバス停「太兵衛平」でバスを降り歩き始めます。太兵衛とは同名の戦国武将ではなく、ここで亡くなった杣人を偲んでつけられた名前なんだとか。大正池方面に向けて歩きはじめてまもなく、穂高の峰々が目に飛び込んできました。ちょうどやってきたバスと共に一枚。
梓川の淵に出ると大正池の出口に設置されたラバーダムが見えてきました。正式にはゴム引布製起伏堰といい、袋状の筒に空気や水を出し入れすることによって水の堰き止め・放流を行っています。この堰の向こうがかの有名な大正池。上高地を代表するスポットのひとつです。
大正池の畔を歩いてゆくと、焼岳がその山容を現します。大正4年、この焼岳が噴火したことによって大正池が生まれたことは広く知られています。写真の手前の施設は東京電力の霞沢発電所取水口。ここから同発電所まで長さ800m、落差400m余りの導水管が引かれています。同発電所の運転開始は昭和3年ですが、当時のパンフレットには"日本一高落差"と紹介されています。
そんな発電用の貯水池としての側面ももつ大正池ですが、焼岳から流出する土砂などによりその大きさは縮小しつつあるそうです。この池を発電に使う東京電力では、毎年11月に浚渫船を出して作業をしています。この美しい風景も、自然そのままでは決してなく、人の手が入ることで保たれているのです。

2018/08/08 22:19

この日は日没前の渚駅周辺を訪ねました。まずはホームの西の端から一枚。空には黄金色に光たなびく雲、その真下にはアルプスの稜線。家路を急ぐ人々を乗せた新島々ゆき電車の先には、残照に輝く二本の軌条が伸びています。
次の上り電車を待つ間にも空の表情は刻一刻と変化して、最後は一面の夕焼け雲。山からのお客様とこちらもまた帰宅の途上にある学生さんたちを沢山乗せて、松本行き電車の到着です。
この日の松本も暑い1日となりました。そんな中で黙々と走る上高地線電車の後ろ姿をみていると「きょうも1日ごくろうさま。」とつい声を掛けたくなってしまうのは筆者だけでしょうか。
夕食は駅から徒歩5分ほどのところにある「COFFEE&REST ザウス」さんにて。創業から40年近くとなるまちのコーヒーハウスです。コーヒーをはじめとするドリンクはもちろん、フード類も充実しているので筆者は時々利用します。この日はハンバーグカレーを注文。筆者にとってはちょうど良いボリュームです。

2018/08/06 18:55

この日は朝から電車とバスを乗り継いで上高地を目指しました。松本駅で乗り込んだのは6:31発の新島々ゆき電車。終点で7:15発の上高地バスターミナルゆきに連絡するこの列車には、平日にも関わらず筆者と同じく上高地を目指すお客様が20名ほどいらっしゃいました。これから山を登る様子の人よりは、探勝目的と思われる、比較的軽装の人が目立ちます。
上高地へ向かうバスは前乗り前降りの観光タイプで見晴らしの良いハイデッカー。それでも路線バスらしく各座席付近には降りますボタンが設置されています。きっぷをお求めになるお客様を全員待ち、座席の8割ほどが埋まったところで出発。新島々から上高地までは1時間5分の旅です。
バスは国道158号線を梓川に沿って進みます。途中見えてくるのは、東京電力の稲核・水殿・奈川渡(いねこき・みどの・ながわど)の通称”安曇3ダム”。昭和40年代、急激な電力需要の伸びに対応するため建設されたものです。(この建設資材の輸送には上高地線が使われました。)梓川上流部は、大正12年に京浜電力竜島発電所がはじめて設置されて以来、都市生活を支える一大電源地帯として開発が進められてきた地域でもあります。
沢渡、中の湯を過ぎるとバスは釜トンネルに入ります。現在のトンネルは平成13年から15年にかけて整備された新しいものですが、それ以前の旧トンネルは“5分の1勾配"と称される急勾配と狭断面で知られ、多くのドライバーたちを悩ませてきました。この釜トンネルと上高地トンネルを抜けるといよいよ上高地です。

2018/08/04 12:59

新村のひまわりが早くも見頃を迎えた上高地線沿線ですが、沿線各所でもこの花の姿がみられます。写真は渕東駅。ここは地区の方による花壇が毎年利用者の目を楽しませてくれるのですが、やはりもうひまわりが咲いていました。
上高地線沿線で夏の花といえば三溝駅付近のフラワーロードも忘れてはなりません。線路に沿った100mほどが地区や有志の方による花壇となっています。マリーゴールドが夏日に輝く中を、新島々ゆきのなぎさTRAINがやってきました。


大本命である新村のひまわり。今年、筆者は行けそうにないのですが、8月4日・5日は松本大学・JA松本ハイランド新村支部青年部主催の「ひまわりまつり」が開催されます。今年は新たな試みとして、最寄りの新村駅か北新・松本大学前駅を利用し、会場まで切符を持参した方には記念品のプレゼントがあるそうです。

2018/08/03 13:35

来たる8月4日は「第44回夏まつり 松本ぼんぼん」です。上高地線では例年臨時列車を運行していますが、今年も夕方から夜にかけて上り下り3本が運行されます。(詳しくは時刻表をご覧ください:PDF)写真は下新駅の掲示。今年の変更点として「お帰りのきっぷは降車後回収箱にお入れください」とあります。混雑の状況によっては無人駅であっても全ての扉を開け、お客様が電車から降りられるようにするのでしょうか。(ある意味信用乗車に近いですね。)


2018/08/02 20:53

この日も山と電車のある風景を求めて上高地線沿線へ。下新駅で下車。駅から西へ少しいったところから、谷の向こうにうっすら見える乗鞍岳を望みます。やってきたのは3007+3008編成の松本ゆき。
最初のポイントから更に西へ移動してカーブの内側へ。それぞれ濃淡の異なる青色をした空と山とが線路の向こう側に広がります。いよいよ色の濃くなった草地の緑の中を松本ゆきのなぎさTRAINが走り抜けてゆきます。
下新へ行く前に渚駅に立ち寄りました。ホーム上から例の如く常念岳、横通岳、大天井岳の峰々を望みます。いよいよ八月。沿線から眺めるのも勿論良いのですが、電車の終点新島々から足を伸ばしてこれらの山々を訪ねてみるのも如何でしょうか。

2018/07/28 11:19

最高気温が35℃を超える日が続く今年の松本。月の終わりの金曜日”プレミアムフライデー”に当たる7月27日(金) に上高地線で「サッポロビール黒ラベル 上高地線納涼電車!」が運行されました。参加は事前申し込み制。松本と新島々駅の間をお酒と料理を楽しみながら1往復します。写真はお客様の待つ松本駅へ向かう同列車を渚駅で捉えたものです。
今回は新島々駅での折り返し時間が長めに取られ、ミニコンサートなどのアトラクションもありました。松本駅に戻ってきた列車からはヴァイオリンの音色が。電車から降りられるお客様は皆様よろしく”出来上がって”おりました。この納涼電車、8月17日(金) にも催行予定です。お席は残り僅かになっているとのこと。お申し込みはお早めにどうぞ。


2018/07/27 7:19

気象庁が「危険」と表現するほど気温の高い日が続いている日本列島。この日も「少しでも涼しいところへ」と山を目指すお客様で新島々駅は混雑していました。例年ですと電車を降りた時点でもう「涼しい」と仰る方もいるのですが、この日聞こえてきたのは「暑い」という言葉ばかり。本当に異常な事態です。
精算窓口前には例によってきっぷを買う人の行列ができました。松本〜上高地は往復4450円。松本駅よりご利用の際は、事前に駅の自動券売機できっぷお買い求めいただけると乗り換えがスムーズです。なお「信州・飛騨ワイドフリーパスポート」「上高地・乗鞍2dayフリーパスポート」などのフリーきっぷは駅前のアルピコプラザ1Fで販売しています。
これだけ多くのお客様が居ります故、上高地ゆきのバスは1台では到底足らず、2台目、3台目が次々と乗り場に入線してきました。数千人が利用し戦場のようであった往時に及ばぬとはいえ、現在も1日1200人余りが新島々−上高地のバスを利用されるそうです。
そんな”山の玄関口” 新島々駅を会場に、このような企画を準備中。タイトルは「別冊しましま本店-本と電車と山の休日-」です。過去2回、新村駅の5000形電車を会場に開催してきたブックイベント「しましま本店」の”別冊”として今回はじめて新島々駅で開催します。期日は9月23日(日)。改札前で小さな古本市を開きます。テーマは「山の休日を彩る、とっておきの一冊を」。

詳しい情報は
しましま本店WEBサイト
しましま本店Twitter
しましま本店Facebookにて随時お知らせして参ります。

2018/07/24 23:26

この日は夕方出かける前に西松本駅周辺から松本駅西口にかけてを短い時間歩きました。まずは田川にかかる鉄橋を渡る新島々ゆきを。電車の屋根の向こうには北の山々の稜線が浮かびます。川幅よりもずっと広い河原は背の高い草で覆われています。
上高地線沿線にあって、この西松本駅周辺は変化の多い地域です。例えば駅の西側にあった中条保育園は施設の老朽化のため今年の春に移転。同園はJR東日本松本車両センターと上高地線が隣接。まだ園が現役だった頃「電車の好きな子は飽きないだろうなー」となどと思いながら前を通り過ぎたものです。
上高地線の北側では道路の東側にあった古い家屋が次々と取り壊されご覧のような広い空間が出来上がっています。近くに松本共立病院もある関係で道幅を大きく広げるのでしょう。先ほど紹介した旧中条保育園の敷地も道路になるのでしょうか。その際気になるのは間にある上高地線の踏切のことですが、さてどうなりますことやら。
松本駅西口ー中条地区のもう一つの大きな変化といえば中心市街地に至る新しい陸橋の整備。従来2車線だったものを4車線化するため、橋を2本造るようです。折角2本も架けるのなら、片方に線路を敷いて中心市街地に直通させる...なんて妄想したくもなりますが、残念ながら鉄道車両が通行できるような設計にはなっていないようです。

2018/07/21 22:31

上高地線と山の関わりについて着目している今年の弊通信。電車車内で開催中の企画「ギャラリートレイン」で新しい作品の展示がはじまっていました。タイトルは『上高地線沿線山景色』作品は東京都在住のイラストレーター吉永直子さんの手によるものです。(吉永さんは上高地線のガイドマップを手掛けていらっしゃいます。)
今回の作品では沿線の様々な場所からみた山々が川柳と共に紹介されています。例えばこちらは沙田神社から山を眺めての一句。地元の人であれば「あれは常念」「あれは乗鞍」と分かるのですが、他所から来た人はそういう訳にはゆかない。その心情を表したものでしょうか。こうした地域の外からの視点が感じられる作品は、沿線を再発見する際の大きな助けになります。
この『上高地線沿線山風景』は3000形電車3007+3008編成でみることができます。松本駅7番線に停車中の電車にはちょうど山行き風の女性2人が乗り込んでいくところでした。登もよし、眺めるもよし、描くもよし、詠むもよし。上高地線を起点とした山の楽しみ方がここにあります。

2018/07/12 11:25

この日は自転車に乗って大庭から下新にかけての沿線をうろうろ。空一面にうっすらと広がる雲と、ぼんやりとみえる東山。それらを背にやってきた新島々ゆき電車はリバイバルカラー列車でした。手前の田んぼの稲も大分緑色が濃くなりました。
お次は大庭と下新の間に広がる田園風景のなかへ。線路の南側を走るとねぎ畑が広がっていました。農道にはスズキのキャリイが一台。のどかな風景のなかを松本ゆき電車がやってきました。車内は混雑がはじまっています。
ねぎの次は麦です。この沿線の多くの場所では6月の中旬までに刈り入れが済んでしまいましたが、下新の大カーブの内側にはこのようにまだ残っている箇所もありました。厚い雲の切れ間から時々日が射す梅雨時の夕暮れです。
最後はまだ東山とリバイバルカラー列車のカットを。時刻は午後6時過ぎ。家路に着く人々を乗せて列車は西へ向かって走ります。(訪問日:2018年6月28日)

2018/07/08 17:52

この日は徳本峠(とくごうとうげ)に登りました。現在は梓川道(国道158号線~県道上高地公園線)を経由しての上高地入りが一般的となりましたが、それが開通する昭和初期まではこの峠道が上高地へのメインルートでした。芥川龍之介や高村光太郎・智恵子夫妻、もちろんW・ウェストン氏もこの峠を越えて上高地に入ったとされています。
こちらは筑摩電氣鐵道が大正12年に発行したパンフレットの一部です。江戸時代の上高地は主に木材を伐るための場所でしたが、この徳本峠を越える道も元は杣たちが通る道でした。これを大正5年(1916年)に整備したものが現在の登山道です。
本来ですと島々から島々谷を遡るべきですが、こちらは20km以上の距離があり、7時間の道のり。また登山道自体も中~上級者となっています。今回は上高地側より峠を目指すことにしました。明神地区のはずれにある白沢出合から明神岳を背に歩きはじめます。
さきほど中~上級者向けと書きましたが、よくよく考えるとこれまでの筆者の登山経験といえば高尾山か御嶽山ぐらいなものです。装備はそれなりに用意しましたが、果たして、歩きはじめて15分ほどで人一人が通れるほどの隘路がはじまりました。その後は岩の露出した斜面も。休み休み登ります。
一気に上がる形ですので、急に視界が開けてきました。先程は2つの峰を仰ぎみるばかりであった明神岳も、ご覧のように5つの峰を持つ山であることがここで分かります。
白沢出合から1時間15分ほどで徳本峠に到着しました。標高は2135m。ここには徳本小屋があり、食事と宿泊ができます。手前の建物は大正13年(1923年)に営業をはじめた当時の建物であり国の登録有形文化財となっています。
ここで峠からの眺めを…残念ながら雲が出てきてしまいましたが、明神岳と穂高岳とを一度に見渡すことができます。昭和8年(1933年)に大正池までのバスが開通し交通事情が大きく変わった今日もここに山小屋があり訪れる人が絶えないのは、この不変の眺めがあってのこと。体力に自信のある方は是非挑戦を。(訪問日:平成30年6月29日)

2018/07/06 23:00

さる7月5日、鉄道博物館(埼玉県さいたま市)がリニューアルオープンしました。たまたま近くに行く用事があったので筆者も出かけてみることに。今回のリニューアルの大きな目玉である400系とE5系新幹線(モックアップ)を見学ののち、やってきたのは「車両ステーション ROLLING STOCK STATION」明治に始まる各時代の鉄道車両が並ぶなかに「ハニフ1号」がいました。上高地線の前身、島々線で昭和20年まで活躍した車両です。
何故、島々線で走っていた車両がここにあるのでしょうか。実は、ハニフ1号は国電の始祖といわれる貴重な車両なのです。明治37年(1907年)に製造された甲武鉄道ハ9号がその最初の名であり、国有化後はデ963形デ968号として現在の中央線で走っていました。
展示ではプロジェクションマッピングの技術を用いて、ハニフ1号が甲武鉄道デ968として活躍していた頃の様子が再現されています。デ963形は、ボギー車の台頭によって第一線を退き、更にその一部客車に改造されて地方の地鉄に払い下げられました。その生き残りがこのハニフ1号だったのです。こうした経歴を知ってのことでしょうか、当時の社長であった滝沢知足氏が保存を指示し、こうして生き永らえたとの逸話も残っています。
上高地線に関わる展示品としてはもう一点。こちらは新館のHISTORY STATIONでみつけたきっぷです。「北アルプス回遊券」の表記があり、現在の大糸線の有明、そして島々の駅名がみられます。想像するに、有明から燕岳〜大天井岳・槍ヶ岳〜上高地と北アルプスを縦走し、最後は島々に下りてくる(またはその逆ルートを取る)乗客に向けて企画されたものではないでしょうか。

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