2020/05/21 13:12

5月15日、長野県を含む39都道府県で出されていた緊急事態宣言が解除されました。アルピコ交通では翌16日より新島々=上高地のバス運行を一日三往復の特別ダイヤで再開しています。写真は5月20日(水)の午後に新島々で撮影したもの。5月の連休明け〜梅雨の平日は元々お客様の数が少ないのですが、上高地ゆきバスに乗り込んだお客様はいませんでした。(途中のさわんど地区からの利用はあるようです。)
バス乗り場の案内板には、感染防止の為のお客様へのお願いが掲示されていました。マスクの着用、会話をしないこと、席の間隔を開けること。(これは増車などの対応が必要になるかも知れません。)無論、発熱や咳・咽頭痛などの症状がある場合の利用はご法度です。
駅窓口の営業を取り止めていた北新・松本大学前駅、森口駅については5月25日(月)からの営業再開が予定されています。なお北新・松本大学前駅については営業時間を短縮(7:20-13:10)下新駅は引き続き駅窓口の営業を休止します。また直営駅である新村駅についても6月1日より営業時間が7:20~15:05(従来は~15:50)となることが発表されました。
営業再開を前に、北新・松本大学前駅には飛沫感染防止のためのビニールカーテンが設置されていました。これは飛沫感染を防ぐためのもので、波田、新島々、そして電車の車内にも設置されています。バスと同様に、マスクの着用・会話をしない・距離を取る、の3点を利用者として実践してゆく必要があります。
一時期よりも感染拡大のペースが下がったとはいえ、発症した場合は対処療法しかないこと、感染拡大の第2波、第3波を懸念する声も聞かれる中にあっては、今後も暫くの間はコロナを意識した生活が続くことになりそうです。

2020/05/12 20:20

上高地線を運行するアルピコ交通は、松本と首都圏・中京圏・京阪神を結ぶ高速バス、松本をはじめとする県内各市街地・近郊エリアを結ぶ路線バスを運行しています。このうち、高速バスについては緊急事態宣言を受け4月中旬より運休が続いています。また観光路線である新島々=上高地間のバスについても現在は全便が運休。5月16日(土)より1日3往復の特別ダイヤが発表されています。
こうした中で5月11日、松本市内と近郊を結ぶ路線バスの減便が発表されました。路線バスについては、鉄道と同様に緊急自体宣言下であっても運行継続が求められていました。これはアルピコ交通に限った話ではありませんが、地方都市の路線バスはそれ単体で収益を上げることが難しく、高速バスや貸切バスの運行で得た収益を補填することで運行を継続している側面もあります。その高速バス・貸切バスが運行できないことがいま、大きな痛手となっています。

上高地線についても、4月は定期収入(定期券等の販売額)が前年比の54.0%・定期外(普通乗車券等)の収入が前年比の20%と大幅に収入が落ち込んでいます。今回のコロナ禍の下では赤字となること(※1)はもとより、事業者としての運行継続も危ぶまれる状況です。


こうした路線バス・上高地線の状況について、松本市の臥雲義尚市長は5月11日の定例会見で触れ「生活の足である公共交通の維持のため、松本市として支援を行う」考えを示しました。支援の具体的な内容、額については今後、関係各所で話し合いが持たれる見込みです。臥雲氏は今年春の市長選でも路線バスの公設民営化を公約として掲げており、公共交通の維持に向けた公費投入について前向きな姿勢を示していました。今回のコロナ禍を受けた支援が、公設民営化の布石になるのか、今後注目してゆきたい点です。

公設民営化とは、公共交通の運行に必要な車両・施設等を自治体の保有とし、交通事業者の負担軽減と運行の維持継続を目指すものです。国内では富山市が先進事例として知られています。例えば、写真のセントラムは、富山市が平成21年に購入したもので、運行は富山地方鉄道が行っています。

※1 上高地線のここ10年の営業係数は90前後と黒字が続いていました。全国の8割の鉄軌道事業者が赤字(営業係数が100以上)となる中で健闘しているといえます。ただ、鉄道やバスのような公共性の高い事業の必要性を黒字/赤字で判断してきた従来の考え方についても、この機会に見直されるべきではないかと筆者は考えます。

2020/05/04 20:06

落ち着かないまま日々は過ぎ、早くも5月。いつもなら大型連休を迎え上高地線やその沿線は多くの人で賑わいますが、このコロナ禍の下ではどこもひっそりとしています。5月末まで予定されていた「あつめて!全国"鉄道むすめ"巡り」も4月24日を以て中止。なぎさTRAINは通常のヘッドマークを着けて運用に就いています。
委託駅である下新、北新・松本大学前、森口は5月6日までの予定で駅窓口の営業を休止しています。(北新・松本大学前、森口駅は5/25より営業再開)写真は北新・松本大学前駅のもの。営業を続ける直営駅(新村・波田・新島々)の各駅の案内と、松本駅の自動券売機でも定期券・回数券が買える旨の案内が掲示されていました。なお、松本市福祉100円パスについては、電車車内でも購入することができるようになりました。(販売は福祉パス所有者のみとなります。)
先の見えない中ではありますが、このようなウイルス対策も始まっています。電車車内への「次亜塩素酸水噴霧器」設置です。次亜塩素酸水は、一般的に塩酸もしくは塩化ナトリウム水溶液(食塩水)を電気分解したもので、別名「強酸性電解水」として医療機器などの消毒にも使われています。
こちらがその噴霧器。1編成につき2台。いずれも運転室後ろに設置されています。製造した星光技研様のWEBサイトによると、同社は超微細ミストを空間噴霧させる薬液専用超音波噴霧器では国内トップシェアのメーカー。超微細霧が空間の隅々まで効率よく噴霧して、防菌・防臭・加湿効果を発揮するそうです。上高地線ではこれに加え、手すり・つり革の除菌を行っています。


こちらの動画では公共交通を利用する際のポイントがまとめられています。事業者としての対策に加え、利用者の側もこのウイルスの特性を知りそれを踏まえた行動を取ることが求められています。(動画の中の「リスク0はあり得ない」という意見には同感です。)出典:日本モビリティ・マネジメント会議

2020/05/02 10:28


上高地線電車の車内で使われる自動放送が新しいものになりました。放送の変更は2018年3月のダイヤ改正以来のことです。今回の変更では、上り(松本方面)が女声・下り(新島々方面)の放送が男声にそれぞれ変わっています。放送内容についても、駅構内での注意喚起や車内でのマナーを呼び掛ける内容が追加された他、細かい部分での言い回しが変わっています。

声の特徴から、下りのアナウンスは有田洋之さん、上りのアナウンスは三宅智恵子さんがそれぞれ担当されているようです。このうち、三宅智恵子さんは前回の変更以来2年振りの"再登板"となりました。なお、この映像にもある通り上高地線では既にサーキュレーターの使用が始まっています。"録り鉄"のための訪問は、この秋〜冬までしばらく待たねばならぬ様です。

2020/04/24 19:06

今や「コロナ禍」とまで言われるようになった新型コロナウイルス(COVID-19)の感染拡大と、それに伴う社会への影響。緊急事態宣言に基付き、5月6日までは上高地も全施設が休業となりました。これにより上高地ゆきのバスは全便が運休。上高地線電車も、定期外の利用が大幅に減るなど厳しい状況に直面しています。

全国的に不要不急の外出を控えるよう呼び掛けが続く中、インターネット上で「前面展望」(主に運転室からの視点で運行中の列車の車窓を撮影したもの)を公開した鉄道事業者もあります。非公式・非公認がモットーの弊通信ですが、これを早速真似してみることにしました。

こちらの動画には沿線地域の歴史や風物など、簡単な解説もつけてみました。いますぐ...とは申し上げられませんが、世の中が落ち着きを取り戻した時には、是非、上高地・上高地線へ足をお運びください。

しましま本店のTwitterアカウントでは、観光パンフレットや時刻表など、上高地線に関わる過去の資料を紹介しています。アカウントをお持ちの方は是非フォローしてご覧ください。

2020/04/01 19:41

アルピコグループ100周年(特設サイト)の年である2020年。グループのルーツであり、アルピコ交通の前身に当たる筑摩鐵道は、1920年(大正9年)3月25日に創立されました。筑摩鐵道は河西部(奈良井川以西)の地域の近代化と、当時はまだ訪れる人の少なかった日本アルプス・上高地の開発を目的に設立されたもので、会社創立の翌年1921年には松本=新村間で、1922年には当時の終点である島々までの15.7kmが全通しています。
筑摩鐵道の発起人であり、初代社長を務めた上条信(かみじょうしん または まこと)は、新村の出身です。県、国の代議士としての活動のみならず、実業家として配電事業(東筑電気)、乗合自動車事業(筑摩自動車)などを手掛けました。中でも鉄道敷設については、筑摩鐵道創立以前の1915年に安筑軽便鉄道(松本−稲核)、1918年に安曇鐵道(松本−稲核)をそれぞれ出願しておりいずれも却下されています。3度目の正直ともいえる筑摩鐵道の創立は、まさに氏の悲願が叶った出来事といえるでしょう。(写真は新村駅東にある顕彰碑です。)
2020年3月25日の午後、筑摩鐵道の創立総会が行われた専称寺(新村)を訪ねました。上高地は今や誰もが知る国内有数の山岳景勝地となり、年間120万人余りが訪れる場所となりました。またその麓にある松本は”岳都”として広く紹介され、自然と調和した住みよいまちとして、ここ数年だけでもより多くの注目を集めています。その一端を開いたのが、100年前の人々の願いであり、その象徴ともいえる上高地線電車が、100年後(厳密にいえば99年後ですが)の今日も走り続けていることは、地域にとっての大きな財産といえるでしょう。

2020/03/27 12:55

夜。下り最終列車の新村通過に前後して、5000形電車の出発準備がはじまりました。まずは5005号車が新村車両所を出ます。まずは緑色のランプをつけた誘導車が数台出てゆき、その後からトレーラーに乗った5005号車が公道上に姿を現しました。時刻はまもなく3月24日午前0時。



県道48号線と交差する南新交差点で方向転換。最後の点検を終え、保存先の群馬県へ向けていよいよ出発です。ところで、深夜にも関わらず交差点付近には同好の士(?)の姿も。聞けばこうした鉄道車両の陸送を追いかける方が近年増加しているようです。
5005号車に続き、5006号車も公道上へ。東京から松本に来て早34年。長年の寝ぐらであった新村車両所ともいよいよお別れです。

引退後の12年間しか知らない筆者ではありますが、この間にあった様々な出来事、人との出会い、人生のターニングポイントには、いつもこの電車の存在がありました。それはきっと、この電車が松本を離れた後も変わることはないでしょう。ありがとうカエル君、どうかお元気で!

2020/03/26 8:36

午後には新島々方の先頭車モハ5005号車の車体の積み込みが行われました。なお、今回保存が決まったモハ5005+クハ5006の東急時代の車番は、それぞれデハ5055+デハ5048でした。デハ5048が昭和33年12月、デハ5055が昭和34年10月にそれぞれ竣工しています。このうちデハ5055はデハ5000形式のラストナンバーに当たります。
東京急行電鉄5000系電車は昭和29年(1954年)から昭和34年(1959年)にかけて105両が製造されました。東急線上での活躍の後、全国の地方私鉄に譲渡され、現在も熊本電鉄の1両、長野電鉄の2両が現存しています。譲渡に当たっては各線に合わせた改造が実施されましたが、写真のモハ5005については、下回りも含め製造時の機器がそのまま使われ、結果として原型を最も良く残す最後の1両となりました。
車体が無事積み込まれたところで、縁の下の力持ち、台車をみてみましょう。正式には「TS301」といい5000系のために設計されたものです。ところで、5000系が登場する以前の電車は、吊り掛け駆動(モーターと車軸をギアで接続し電車を動かす方法)が主流でしたが、重量が嵩むことと、走行時の音が大きいことがネックでした。
5000系電車はこれを解消するために、モーターと車軸に取り付けられたギアボックスをプロペラシャフトで接続する「カルダン駆動」を採用。これにより軽量化と静粛な走行を実現しました。カルダン駆動はスタンダードな駆動装置として現在の電車でも採用されています。このTS301台車以外にも、鉄道技術史上の資料としても貴重な機器類がこの5000形電車には残されています。
朝9時の作業開始から6時間。無事、5005+5006号車2両分の車体・台車・パンタグラフの積み込みが終わりました。鉄道車両の陸送は夜間、交通量の少ない時間に行われるため、待機場所に移動しこのまま夜を待ちます。
ちょうど運転台側が新村車両所の入り口に据え付られました。すぐ側には上高地線の本線。現在の主力3000形電車(元京王帝都電鉄3000系)が走り抜けます。1999年以来、20年以上に渡って続いてきたこの顔合わせも今晩までのあと数回でおしまいです。

2020/03/25 9:00

"カエル君"こと、松本電気鉄道5000形電車(元東京急行電鉄5000系)は、昭和61年(1986年)に導入され平成12年(2000年)まで上高地線で活躍した車両です。引退後はモハ5005-クハ5006号の1編成2両が新村車両所に留置されていました。第一線を退いた後も、東急時代のカラーの復刻(2011年)や各種イベントの開催などで注目を集める存在でしたが、ここ数年は車体の老朽化から、その処遇が検討されていました。
5000形電車そのものは、デビューした1950年代当時の新機軸がふんだんに盛り込まれており、電車の発達、日本の鉄道の歴史上でも重要な存在といえます。しかしながら、既に製造から半世紀が経過しており、雨漏りがすること、断熱材として使用されているアスベストの除去費用などが嵩むこと、留置場所の新村車両所のスペースに余裕がないこともあり、現状のままでの保存は難しいことが予想されました。
2019年には「解体か譲渡か」の新聞報道もあり、上高地線や5000形に少なからず関わりがある筆者個人も気にかかっていたのですが、同年、アルピコ交通から長野県外の法人への譲渡が決まりました。弊通信では、2020年3月23日(月)に実施された、新村車両所での搬出の様子を3回に分けてご紹介します。(掲載写真は許可を受けて撮影しました。)
鉄道車両の輸送は、既存の鉄道路線を利用するもの(いわゆる甲種輸送)・船舶による輸送・トレーラーなどによる陸送の3つに大別されます。上高地線の場合は、現在JR線と線路がつながっていないこともあり、今回はトレーラーによる陸送となりました。写真は、車体と台車を切り離し、クレーン2台で陸送用の台車に載せ替える様子を写したものです。なお昭和61年の東急電鉄からの譲渡の際は、甲種輸送であったため、陸送はカエル自身にとっても初の体験です。
車体の積み込みを終えたトレーラーが待機場所に移動します。大型クレーン車などの車両がひしめきあい、もちろん鉄道施設もある、決してスペースに余裕があるといえない中を、バックですんなりと抜けてゆきました。

電車が踏切を渡ります。

はじめての公道を数十メートル走り、新村駅南の待機場所に無事到着。この日は寒の戻りの肌寒い一日で、午前中は雲の多い天気でした。これがお昼過ぎになると雲が取れ、北アルプスの山々が姿を現しました。カエル君にとっても慣れ親しんだであろう、信州の山々とも今日限りでお別れです。

2020/03/18 19:09

アルピコグループは長野県を拠点に運輸、観光サービス、小売事業を展開する企業グループです。その中核企業であるアルピコ交通の前身、筑摩鐵道の創立(1920年3月25日)から100年を迎える今年は「100周年イヤー」として様々な企画が展開されます。公式サイトの特設ページもオープン。100周年をPRするロゴマークも紹介されています。

このロゴマークは、上高地線を走る3000形電車にも掲示されていました。3月25日からは100周年企画第1弾として「創立100周年記念『上高地線全駅入場券限定販売』」が予定されています。
新型コロナウイルスの影響もあり、イベントの延期・中止・自粛が続く最中ですが、来年、再来年の上高地線開業・全通100周年に向けて、ファンの立場からも盛り上げを図ってゆきたいものです。

2020/03/15 21:30

2020年3月15日は松本市長選挙の投開票日でした。今回は現職で4期16年市長を務めた菅谷昭氏が引退を表明。新人6名が出馬しました。筆者は松本市民ではなく投票権も持たないのですが、今回の選挙には非常に関心がありました。この記事を書いている時点(15日21時)では、前回に続き2度目の出馬となる臥雲義尚氏が当選確実との報道が出ています。
選挙期間中の3月13日。上高地線新村駅前で、この臥雲義尚氏の青空演説会が行われていました。ちなみに通常の選挙活動は、日中は選挙カーによる遊説、夜に各地区の公民館などで集会、という形を採ることが多いそうです。新型コロナウイルスの対策で、氏は握手の代わりに、参加した市民、サポーターのみなさんと拳を作ってのグータッチ。通称、ガウンタッチと言うそうです。なお、明治期にガラ紡などを開発した発明家臥雲辰致(がうんたっち)は氏の曽祖父に当たります。

ミニ情報はさておき、市民になったつもりでその演説を聞くなかで幾つかのキーワードが印象に残りました。「住民主体のまちづくり」「地区同士の競争」「市内35地区が輝く松本市」このフレーズ、聞こえは良いのですが、穿った見方をすれば、地域の課題に対し行政任せの意識が強い、自分達でまちづくりに対するアクションを起こせない地区は、臥雲市政の下で取り残される、と取ることもできます。フルサービスからセルフサービス型の市政へ。コンパクトシティがブームとなる中で、市役所を分散配置するのは、そういったねらいもあるのではないでしょうか。
親鳥の帰りを待つだけだった雛鳥が、巣から羽ばたくには何が必要でしょうか。地域が羽ばたくために、どんな人がどんなツールーそれは外からもたらされるものではなく、地域の中にあるーを用いて、これから動き出すのでしょうか。臥雲氏はバスの公設民営化についても言及しており、上高地線についてもこの5年の間で何らかの変化が訪れることは確実です。

2020/03/11 19:31

連日報道が続く新型コロナウイルス。3月に入り、感染拡大策としての、臨時休校やイベント開催中止が相次ぐなど、その影響を目にする場面が日に日に増えてきています。不要不急の外出や公共交通機関の利用を控えるようにとの報道もあり、上高地線も空席が目立ちます。
お客様の急激な減少に伴い、火・水・金曜日に運行される「上高地線あんしん電車」も通常のワンマン列車として運行する措置が取られています。また毎年3月下旬に開催される「上高地線ふるさと鉄道まつり」についても、無期限の延期が発表されています。
来月4月には、上高地ゆきのバスも運行を開始しますが、仮にその時点まで中国・韓国からの入国制限が継続された場合、外国からのお客様の数も減少。長期に渡って影響が出ることも考えられます。
経験したことのない、先の見えない状況に、筆者自身もつい疲弊してしまうのですが、駅でのグッズや記念乗車券の購入(3月11日現在、2並び乗車券はまだ若干在庫があるようです。)など、少しでも増収に繋がるアクションをしてゆきたいと思います。
硬券乗車券や入場券、軟券、補充券、上高地線わくわくフリー乗車券など、コレクション用のきっぷ の購入もこの機会に是非お願いします!

2020/02/28 17:29

地元松本を拠点とするJチーム松本山雅FC。アルピコグループはそのオフィシャルスポンサーとなっています。グループの中核であるアルピコ交通でも上高地線電車1編成に、シーズン中、同チームを応援するヘッドマークを掲出しています。この取り組みは2012年からはじまったもので、毎年異なるデザインのヘッドマークが制作されるのも一つの楽しみです。写真は下新駅付近で撮影したものです。
今年のヘッドマークは、2020年のチームスローガンである「One Soul 捲土雷鳥」の文字とチームカラーがあしらわれています。昨シーズンは2度目のJ1挑戦と降格、長年チームを引っ張ってきた反町監督の辞任とショックな話題の多いシーズンでした。今シーズンも、新型コロナウイルスの影響もあり、試合日程が変更されるなど波乱含みのスタート。引き続き地元のチームを応援してゆきましょう。

2020/02/20 21:47

上高地線の新村駅舎の横には、2017年に解体された旧駅舎の装飾の一部がモニュメントとして残されています。本日(2月20日)筆者はその前を通りかかったのですが、どうも様子がこれまでと異なります。塗装を塗り替えたのでしょうか。
近寄って見てみましょう。この装飾は、もともと旧駅舎の車寄せに取り付けられていたもので、木製なのですが、明らかに違う素材に代わっています。
木製の装飾の上にカバーを取り付けたのか、はたまたレプリカを新たに制作したのか、素人目には判断がつきません。

ただ、以前から弊通信でお伝えしている通り、西日が照らすこの場所は装飾の劣化が進む可能性がありました。それが改善されたことはひと安心といえそうです。願わくば、筑摩鐵道の社紋が入った鬼瓦も、然るべき場所での展示が望まれます。

2020/02/18 12:48

午後の日射しを浴びて新村-三溝間を走る上高地線電車です。背後には北アルプス北部の鹿島槍ヶ岳、白馬岳の姿もみえます。これらは登山家・文筆家の深田久弥が『日本百名山』で紹介し登山者にも人気の高い山々ですが、ここ新村地区では20座をみることができます。
歩いて新村駅へと戻ります。アルピコ交通の前身である筑摩鐵道は大正9年3月20日、つまり今から100年前に、ここ新村の地で創立されました。会社設立の翌年には松本=新村間の工事が竣工し、電車の運行がはじまります。
初代社長を務めた上条信(しん/まこと)は新村出身の政治家・実業家です。筑摩鐵道の創立は、現在の西部地域の交通の近代化と、日本アルプス・上高地の開発を目的としており、現在の地域の姿を形づくった人物のひとりともいえるでしょう。新村駅近くには、業績を讃える記念碑があります。

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