2018/11/05 18:11

11月に入り上高地も閉山まであと僅かとなりました。この日は朝の河童橋の周辺を散歩。まずは橋の袂からみた穂高連峰です。すっきりとした青色の空の下、頂上付近には積もった雪の白もみることができました。一足早い冬の訪れ。
梓川の左岸を小梨平方面へ。川の対岸にはまだ葉の多く残る落葉松と、対照的にすっかり葉を落とした白樺林が見えます。その向こうに顔を覗かせるのは焼岳。岸辺に立つ三階建はホテル白樺荘です。
小梨平でも多くの落葉松をみることができます。この梓川左岸でみられる落葉松は、1912年から1914年にかけて植林されたものです。キャンプ場は既に今季の営業を終了。一面黄色の絨毯を敷き詰めたような林の中をひとり歩きます。
再び河童橋付近へ。この頃になると、上高地銀座の名はすっかり影を潜め、カメラマンの呼び込みの声も聞こえません。閉山まであと2週間ほど。冬への歩みを着々と進める晩秋の上高地です。

2018/10/30 11:14

大正池よりバスに乗り込み、降りたのは次の帝国ホテル前。バス停からエントランスへの坂道を下っていくと、木々の間より堂々たる3階建ての建物が姿を現しました。元々は長野県が東京の帝国ホテルに委託する形で、1933年(昭和8年)に開業したものです
現在の建物は、1977年に建てられたものですが、開業当時の姿が忠実に再現されています。深紅の屋根越しに穂高連峰を望む様子からは、本場スイスにひけをとらない山岳観光地を目指した当時の人々の意気込みが感じられます。なお、このホテルが開業した昭和8年には上高地までのバスが開通しています。
帝国ホテルの裏手から梓川の畔に出ます。ここには田代橋・穂高橋の二つの橋が架かっており右岸側に渡ることができます。こちらは穂高橋の上からみた山々の様子。この山々をバックに記念撮影をする形も多くみられます。
右岸を歩いて上高地温泉ホテル、上高地ルミエスタホテルの前を過ぎるとウェストンレリーフの前に出ます。ここで梓川は大きく蛇行しており、背後の霞沢岳と共に美しい景観を生み出しています。
河童橋方面別へ。六百山の通称ゴリラ岩を眺めます。岩全体の形、植物の生えかた、目鼻のような岩の窪み。これをゴリラと言わず何といいましょう。岸辺の落葉松は大分色づいていました。

2018/10/25 7:19

この日は大正池周辺を散策しました。この辺りは今年の7月にも一度歩いたコースですが、さてさて秋の様子は如何なりしか。胸を弾ませ午後の上高地行きバスに乗り込みました。
バスは梓川に沿って国道158号線を走ります。シャトルバスの乗り換え拠点であるさわんど地区を過ぎた辺りから、山々の紅葉が目立ち始めました。画像は奈川渡ダムの堰堤上からみた梓川渓谷の様子です。いかがでしょうか。
急勾配の釜トンネル・上高地トンネルを抜けるといよいよ上高地です。最初の目的地は大正池ですが、前回と同様に今回もあえて手前の太兵衛平でバスを降りました。曲がり角の先に見えるのは既に冬支度に入った穂高連峰の姿です。
堰堤を過ぎて大正池の畔までやってきました。すっかり黄色くなった落葉松林の向こうには焼岳。今日も活動を続ける活火山ですが、この日は頂上付近からチョロッと噴煙のようなものが出ている様子が確認できました。
次の目的地へ向けて、大正池バス停へと向かいました。この時間(午後2時過ぎ)はお客様の下山がはじまる時間帯です。この日は月曜日でしたが、下っていくバスを見ると行き先に関わらず座席の多くが埋まっている状況でした。(訪問日:平成30年10月23日)

2018/10/05 20:10

夏の頃は午前5時ともなれば明るかった上高地も、この頃は6時半になってやっと谷底まで日が届くほどとなりました。いよいよ秋です。1枚目は朝焼けの明神岳。梓川に架かる明神橋の袂から見上げた光景です。実は、明神岳は独立峰ではなく、穂高連峰の属峰として扱われています。そのような山に、こうした尊称がつけられているのは、こうした朝焼けの光景があってのことではないでしょうか。
橋の上から梓川。夜明け前の水面が鈍く光ります。この時の気温は5℃。ダウンなしではそろそろ厳しくなってきました。ちょうど、頭にヘッドランプを点けた一行とすれ違いました。これから穂高かはたまた槍か、いずれかの山頂を目指すのでしょう。
梓川を渡った先、右岸の明神池の畔には『嘉門次小屋』があります。小屋の名にもなっている上條嘉門次は、14歳の時にはじめて上高地に入り、70歳でその生涯を閉じるまで、ほとんどの期間をこの地で過ごした人物です。猟師として山の地理に明るかったど同氏は、W・ウェストンの著作『日本アルプスの登山と探検』で紹介されたことを機に、山の名案内人として岳人たちの知るところとなります。
その上條嘉門次がイワナ釣りをしていたというのがこの明神池。池畔の落葉松は色づきはじめていました。来たる10月8日は池畔の穂高神社奥宮の例大祭。お船神事として知られるものですが、当日は神官を乗せた龍頭鷁首のお舟が出て、雅楽の音色と共に池を一周します。

2018/08/20 12:30

大正池から歩くこと1時間余りで河童橋に到着しました。この日も最高気温が30℃近くまで上がる暑い日でありましたが、橋の上から眺める河原には涼を求める人々が川遊びに興じる姿をみることができました。
「上高地銀座」の呼び名の通り、橋の上も橋の周りも、国内外から訪れた多数の観光客が行き交います。写真を撮っている方の様子をみていると、やはり穂高岳を背後に入れた定番の構図が人気を集めているようです。こうして筆者も同じようにシャッターを押したのですが、ファインダーの向こうにはダイナミックな光景が広がっていました。
バスターミナル方面へ向かいます。ここで立ち寄りたいのが上高地郵便局です。上高地開山中の4月から11月の間だけ営業する季節局です。ここと上高地町内にあるポストから手紙を出すとオリジエルの風景印を押して貰えます。なおATMは設置されていないのでご注意ください。(上高地にはここを含めて現金を引き出せる場所はありません。)
バスターミナルから乗り込むのは沢渡地区ゆきのシャトルバスです。自家用車では入ることのできない上高地ですが、現在ここを訪れる人の多くは、沢渡地区に自家用車を停めて、このシャトルバスのお世話になります。この日も昼間でしたが乗り込むと車内はほぼ満員でした。それにしても暑い。蒸し風呂状態です。これは、環境保全のため、バスターミナル内ではエアコンの使用が禁止されているためです。

2018/08/16 20:09

田代池もとい田代湿原から、梓川に沿った自然探究路を歩いてゆくと穂高橋・田代橋とふたつの橋のかかる場所に出ます。画像は穂高橋の上からみた風景。山裾に見える白い建物はアルピコグループのひとつ東洋観光事業が経営する上高地ルミエスタホテルです。そのルーツは明治40年(1907年)に開業した清水屋旅館です。
梓川の右岸をんでゆくと、明神岳がみえてきました。標高2931mの主峰をはじめとする5つの峰を持つ岩山です。現在、穂高岳といえば明神岳の左手に位置する奥穂・前穂・西穂などの山々を指しますが、大正期まではこちらの明神岳を穂高岳と呼称していたそうです。
梓川の対岸に霞沢岳がみえてきました。標高2645mの岩山です。山頂の尖った部分は三本槍と称されています。かつては上級者向けのバリエーションルートのみでしたが、1984年に徳本峠からの道が開かれました。
こちらはウエストン・レリーフです。ウォルター・ウエストン氏は1861年英国ダービー州に生まれ、明治21年(1888年)に初来日。その後3度に渡って日本に滞在し、日本アルプスを含む日本各地を訪ねた人物です。氏が上高地へはじめて入ったのは明治24年(1891年)、土地の猟師、上條嘉門次氏をガイドに槍ヶ岳に登頂したとの記録が残されています。

ところで、このウエストン氏のレリーフや銅像は、上高地以外にも氏が訪ね歩いた日本各地の複数箇所にあります。また上高地と同様にウエストンを冠する祭りもまた複数箇所で開かれていることも興味深い点です。

2018/08/14 5:29

大正池の池畔を河童橋方面へ向かって歩きます。途中に開けた河原のようなところがあって、立派な立ち木と焼岳が我々探勝者を出迎えてくれます。この立ち木は焼岳が噴火した際、火山灰に覆われて枯れたものですが、百年以上が経った今、これだけ立派なものは数えるほどとなりました。
変わりゆく上高地の自然を象徴する場所としてもうひとつ取り上げたいのが田代池です。大正期には最深7mあったという池も流れ込む土砂によってすっかり浅くなり、その大きさは年々縮小、湿原化が進んでいます。背後の山は霞沢岳。
湿原にはまだ木が余り育っておらず、絶好のビュースポットとなっています。カラマツ林の向こうに見えるのは、明神岳や穂高の峰々。多くの人が足を留めてこれに見入っていました。現在の遊歩道は池の縁を通るルートですが、昔の絵葉書などをみると丁度画面の手前から奥にかけてのルートもあったようです。

2018/08/10 11:40

上高地を訪れる人の多くはバスでそのまま大正池や終点の上高地バスターミナルへ向かうことでしょう。しかしそこは弊通信の筆者。公園内に入って最初のバス停「太兵衛平」でバスを降り歩き始めます。太兵衛とは同名の戦国武将ではなく、ここで亡くなった杣人の名といわれています。大正池方面に向けて歩きはじめてまもなく、穂高の峰々が目に飛び込んできました。ちょうどやってきたバスと共に一枚。
梓川の淵に出ると大正池の出口に設置されたラバーダムが見えてきました。正式にはゴム引布製起伏堰といい、袋状の筒に空気や水を出し入れすることによって水の堰き止め・放流を行っています。この堰の向こうがかの有名な大正池。上高地を代表するスポットのひとつです。
大正池の畔を歩いてゆくと、焼岳がその山容を現します。大正4年、この焼岳が噴火したことによって大正池が生まれたことは広く知られています。写真の手前の施設は東京電力の霞沢発電所取水口。ここから同発電所まで長さ800m、落差400m余りの導水管が引かれています。同発電所の運転開始は昭和3年ですが、当時のパンフレットには"日本一高落差"と紹介されています。
そんな発電用の貯水池としての側面ももつ大正池ですが、焼岳から流出する土砂などによりその大きさは縮小しつつあるそうです。この池を発電に使う東京電力では、毎年11月に浚渫船を出して作業をしています。この美しい風景も、自然そのままでは決してなく、人の手が入ることで保たれているのです。

2018/08/06 18:55

この日は朝から電車とバスを乗り継いで上高地を目指しました。松本駅で乗り込んだのは6:31発の新島々ゆき電車。終点で7:15発の上高地バスターミナルゆきに連絡するこの列車には、平日にも関わらず筆者と同じく上高地を目指すお客様が20名ほどいらっしゃいました。これから山を登る様子の人よりは、探勝目的と思われる、比較的軽装の人が目立ちます。
上高地へ向かうバスは前乗り前降りの観光タイプで見晴らしの良いハイデッカー。それでも路線バスらしく各座席付近には降りますボタンが設置されています。きっぷをお求めになるお客様を全員待ち、座席の8割ほどが埋まったところで出発。新島々から上高地までは1時間5分の旅です。
バスは国道158号線を梓川に沿って進みます。途中見えてくるのは、東京電力の稲核・水殿・奈川渡(いねこき・みどの・ながわど)の通称”安曇3ダム”。昭和40年代、急激な電力需要の伸びに対応するため建設されたものです。(この建設資材の輸送には上高地線が使われました。)梓川上流部は、大正12年に京浜電力竜島発電所がはじめて設置されて以来、都市生活を支える一大電源地帯として開発が進められてきた地域でもあります。
沢渡、中の湯を過ぎるとバスは釜トンネルに入ります。現在のトンネルは平成13年から15年にかけて整備された新しいものですが、それ以前の旧トンネルは“5分の1勾配"と称される急勾配と狭断面で知られ、多くのドライバーたちを悩ませてきました。この釜トンネルと上高地トンネルを抜けるといよいよ上高地です。

2018/07/27 7:19

気象庁が「危険」と表現するほど気温の高い日が続いている日本列島。この日も「少しでも涼しいところへ」と山を目指すお客様で新島々駅は混雑していました。例年ですと電車を降りた時点でもう「涼しい」と仰る方もいるのですが、この日聞こえてきたのは「暑い」という言葉ばかり。本当に異常な事態です。
精算窓口前には例によってきっぷを買う人の行列ができました。松本〜上高地は往復4450円。松本駅よりご利用の際は、事前に駅の自動券売機できっぷお買い求めいただけると乗り換えがスムーズです。なお「信州・飛騨ワイドフリーパスポート」「上高地・乗鞍2dayフリーパスポート」などのフリーきっぷは駅前のアルピコプラザ1Fで販売しています。
これだけ多くのお客様が居ります故、上高地ゆきのバスは1台では到底足らず、2台目、3台目が次々と乗り場に入線してきました。数千人が利用し戦場のようであった往時に及ばぬとはいえ、現在も1日1200人余りが新島々−上高地のバスを利用されるそうです。
そんな”山の玄関口” 新島々駅を会場に、このような企画を準備中。タイトルは「別冊しましま本店-本と電車と山の休日-」です。過去2回、新村駅の5000形電車を会場に開催してきたブックイベント「しましま本店」の”別冊”として今回はじめて新島々駅で開催します。期日は9月23日(日)。改札前で小さな古本市を開きます。テーマは「山の休日を彩る、とっておきの一冊を」。

詳しい情報は
しましま本店WEBサイト
しましま本店Twitter
しましま本店Facebookにて随時お知らせして参ります。

2018/07/08 17:52

この日は徳本峠(とくごうとうげ)に登りました。現在は梓川道(国道158号線~県道上高地公園線)を経由しての上高地入りが一般的となりましたが、それが開通する昭和初期まではこの峠道が上高地へのメインルートでした。芥川龍之介や高村光太郎・智恵子夫妻、もちろんW・ウェストン氏もこの峠を越えて上高地に入ったとされています。
こちらは筑摩電氣鐵道が大正12年に発行したパンフレットの一部です。江戸時代の上高地は主に木材を伐るための場所でしたが、この徳本峠を越える道も元は杣たちが通る道でした。これを大正5年(1916年)に整備したものが現在の登山道です。
本来ですと島々から島々谷を遡るべきですが、こちらは20km以上の距離があり、7時間の道のり。また登山道自体も中~上級者となっています。今回は上高地側より峠を目指すことにしました。明神地区のはずれにある白沢出合から明神岳を背に歩きはじめます。
さきほど中~上級者向けと書きましたが、よくよく考えるとこれまでの筆者の登山経験といえば高尾山か御嶽山ぐらいなものです。装備はそれなりに用意しましたが、果たして、歩きはじめて15分ほどで人一人が通れるほどの隘路がはじまりました。その後は岩の露出した斜面も。休み休み登ります。
一気に上がる形ですので、急に視界が開けてきました。先程は2つの峰を仰ぎみるばかりであった明神岳も、ご覧のように5つの峰を持つ山であることがここで分かります。
白沢出合から1時間15分ほどで徳本峠に到着しました。標高は2135m。ここには徳本小屋があり、食事と宿泊ができます。手前の建物は大正13年(1923年)に営業をはじめた当時の建物であり国の登録有形文化財となっています。
ここで峠からの眺めを…残念ながら雲が出てきてしまいましたが、明神岳と穂高岳とを一度に見渡すことができます。昭和8年(1933年)に大正池までのバスが開通し交通事情が大きく変わった今日もここに山小屋があり訪れる人が絶えないのは、この不変の眺めがあってのこと。体力に自信のある方は是非挑戦を。(訪問日:平成30年6月29日)

2018/06/21 20:49

今回は普段みることのできない上高地の風景から。明神地区よりみた六百山です。手前に見えるのは明神三の池の跡とされるもの。現在の明神池は一の池、二の池の2つですが、江戸時代に書かれた「善光寺道名所図会」には明神岳直下に三靈湖が存在したと紹介されています。
この記事の冒頭で「普段みることのできない」と記述したのには訳があります。ここは梓川の右岸にある治山林道。この道は明神や徳沢、横尾方面への物資運搬のために開かれている道で、通常は歩行者の立ち入りが制限されています。
梓川右岸には治山林道と別に右岸道がありますが、その一部区間(上図参照)が現在工事のために通行止めとなっています。その迂回路として普段は歩くことができない治山林道が開放され、はじめの写真のような光景が自由にみられる...という具合なのです。工事は7月18日までの予定と看板に表示されていました。
もう一度、明神三の池跡の様子をどうぞ。現在の池は梓川に流れ込む支流となっていますが、二の池に見られるような浮島や立ち枯れの木から往時の姿が偲ばれます。自然の生み出す景勝地として日々変わりゆく上高地。一度来たことのある人も、はじめて行くという人も、是非その時の光景を目に焼き付けておきたいものです。

2018/06/04 21:37

6月.山々の緑がすっかり濃くなった初夏の上高地です。4月に来た時はまだ真っ白だった穂高連峰も随分と雪が溶けて谷間に残るばかり。まずは梓川の岸に立って河童橋をいれた定番中の定番の構図で一枚。バスを下りて5分足らずでこれだけの風景が見られるのは上高地線のひとつの魅力でしょう。
まだ時刻は10時前でしたが、橋の周りには沢山の観光客がいました。夏には上高地銀座と称されるほどの賑わいを見せるここなので、この程度の人出はまだ序の口といったところでしょうか。そしてこの日も聞こえてくるのは異国の言葉ばかり。
こちらは上高地バスターミナルの様子。アルピコ交通のバスのほか、国内各地からのツアーバスがずらり。『釜トンネル 上高地の昭和・平成史』によると、上高地を訪れる人の3分の1弱がこうした観光バス利用とのこと。滞在時間は2〜3時間ですので、河童橋周辺か大正池周辺を歩いて帰る方が多いようです。

○上高地・乗鞍高原への電車・バス時刻表はこちらから

2018/05/30 23:12

こちらはバスターミナルから徒歩25分ほどのところ、穂高橋よりみた穂高連峰の様子です。筆者が今年はじめて上高地入りした4月の下旬に比べると随分雪が溶け、前景となる河畔の木々は燃え立つような黄緑色となっていました。
この日は西陽が射しはじめてからの上高地入りとなりましたが、電車には同じく上高地へ向かうお客様が20名ほどいらっしゃいました。割合としての一番多いのはやはり外国からのお客様です。国はバラバラ。
このように、電車とバスを利用して上高地入りするお客様に配慮してか、新島々駅で配布されている時刻表も、日本語、英語、中国語、アラビア語のものがそれぞれ用意されていました。
ところで、バスターミナルに掲示されている路線案内図が新しいものに交換されていました。イラストは松本在住の漫画家・エッセイリストの鈴木ともこさんです。

2018/05/21 7:15

この日は上高地ビジターセンターを訪ねました。中部山岳国立公園を所管する環境省の施設であり入館は無料。シーズン中の朝8時から夕方5時まで空いています。場所は河童橋と小梨平のあいだ。周囲の風景と調和したシックな雰囲気の建物です。
この施設では"上高地の自然への理解と自然に親しむために必要な情報"(公式サイトより)を得ることができます。写真は展示室の様子。山の写真家田淵行男先生の作品などをみることができました。このほかにも映像をみたり、園内の植物や動物について調べることのできるコーナーもあります。
こちらに立ち寄った際に手に入れて欲しいのが『国立公園ガイドブック 上高地・中部山岳国立公園』です。公園を管理する一般財団法人自然公園財団が発行しているもので、一般書店では流通していません。こちらには上高地のコースガイド、エリアガイド、動植物の紹介から、アクセス方法、歴史まで掲載されています。ただ漫然と歩いても良い上高地ですが、それをより深く知り、楽しめる一冊です。頒布価格500円。

《梓川左岸道の一部崩落と明神地区トイレ使用停止について》


河童橋から小梨平を経て明神地区へ至る梓川左岸道ですが、4月下旬より明神地区寄りの一部が崩落し、迂回路を経由する形となっています。

この影響により、明神地区(左岸)へは現在、車両の乗り入れができません。またバキュームカーも入ることができず公衆トイレの使用が停止となっています。

明神地区内には穂高神社奥宮境内に御不浄がありますが、規模も小さいため混雑が予想されます。お出掛けの際はお気をつけください。