第995回:上高地線沿線さんぽ2019-2020冬⑷ | Home | 第997回:新村旧駅舎モニュメントに変化
2020/02/18 12:48 | 印刷

午後の日射しを浴びて新村-三溝間を走る上高地線電車です。背後には北アルプス北部の鹿島槍ヶ岳、白馬岳の姿もみえます。これらは登山家・文筆家の深田久弥が『日本百名山』で紹介し登山者にも人気の高い山々ですが、ここ新村地区では20座をみることができます。
歩いて新村駅へと戻ります。アルピコ交通の前身である筑摩鐵道は大正9年3月20日、つまり今から100年前に、ここ新村の地で創立されました。会社設立の翌年には松本=新村間の工事が竣工し、電車の運行がはじまります。
初代社長を務めた上条信(しん/まこと)は新村出身の政治家・実業家です。筑摩鐵道の創立は、現在の西部地域の交通の近代化と、日本アルプス・上高地の開発を目的としており、現在の地域の姿を形づくった人物のひとりともいえるでしょう。新村駅近くには、業績を讃える記念碑があります。

新村駅には上高地線電車の整備や電気、保線業務を担う新村車両所が隣接しています。その片隅には2000年まで使用された5000形電車の姿も。先日、渋谷駅前のカットモデルが秋田に移転するとのニュースもありました。折角のトップナンバーがあのような扱いを受ける一方で、上高地線の引退から四半世紀もの間、ほぼ原型を保っているこの電車はまさに幸運児です。