第965回:「令和」改元の話題 | Home | 第967回:山を登らない「登山鉄道」
2019/05/16 17:21 | 印刷

この日は河童橋から梓川沿いを6km余り遡った徳沢を訪ねました。ここから下流の明神地区までは奥上高地とも呼ぼれ、上高地銀座と呼ばれる河童橋周辺とはまた対照的な雰囲気を持つエリアでもあります。1枚目は幕営地(キャンプ場)からみた六百山です。なお、この一帯は昭和9年まで牧場として使われていたこともあり、牛に追い立てられた登山者や文化人もいたようです。
徳沢を語る上で外せないのが井上靖の小説『氷壁』です。1955年に発生したナイロンザイル事件を下敷きにした同作は、映画化もされ戦後の登山ブームのひとつのきっかけともなりました。同作に登場する「徳沢園」は、当時の建物のまま、現在は「氷壁の宿 徳沢園」として営業を続けています。建物内の食堂には、井上靖の原稿や、映画「氷壁」の小道具やポスターが飾られていました。
再び幕営地に出て前穂高岳を眺めます。1955年1月2日、この東壁で登攀中であった登山家が滑落・死亡しました。原因はこの時使用していたナイロンザイルの切断によるものでしたが、当時メーカーや研究者、日本山岳会はそれを認めませんでした。登山者の命に関わる事態に、遺族などが中心になって運動を展開しますが、実際に対策が講じられるようになったのは1970年代後半のことでした。
何も知らなければ「キレイ!」「素晴らしい!」で終わってしまう自然の山々ですが、人との関わりの中で起きた事件やその後の展開、そこから生まれた物語、などを知った上で視界に入れてみるとまた違った景色が見えてくるのではないでしょうか。