2019/05/21 12:49

この日の上高地線沿線は至るところで水の張られた田んぼ、既に田植えを終えた田んぼが見られました。1枚目は北新・松本大学前駅からほど近い線路の南側からみた風景です。この時期の電車は冬の間につい鉄錆をすっかり落とした綺麗な姿で水鏡にもよく映えます。
同じ場所からは北アルプスの山々を望むこともできます。今シーズンの北アルプスは冠雪が遅く筆者をやきもきさせましたが4月に降った雪が根雪となって麓から見る者の目をいま暫く楽しませてくれそうです。
残雪の北アルプスといえば乗鞍岳のことも忘れてはなりません。北新・松本大学前と下新駅のほぼ中間地点に当たるこの場所からは電車と共に写真に収めることができます。
当通信ではお馴染みとなった下新-大庭間のポイントの写真も紹介します。こちらは午前9時台に撮影したもの。田植えを終えたばかりの田んぼに残雪の北アルプスが映り込みます。

2019/05/19 20:30

上高地線を運行するアルピコ交通が2019年3月「全国登山鉄道‰会」に加入しました。同会は2009年に発足したもので、南海電気鉄道・箱根登山鉄道・叡山電鉄・神戸電鉄・大井川鐵道・富士急行が参加し、会社合同のイベントやPR活動を展開しています。
現在、モハ10形リバイバルカラー列車には、同会の加入を記念したヘッドマークが取り付けられています。なお、‰(パーミル)とは勾配を示す単位のひとつです。例えば50‰の勾配は、1000m進んで垂直方向に50m上昇(下降)する勾配を指します。国内では箱根登山鉄道の80‰・アプト式の大井川鉄道井川線の90‰が知られています。
なお上高地線内で最も急な勾配は21.4‰です。発足時から参加している6社の中では一番平坦ですが、その一方で現在も上高地をはじめとする北アルプス各地を訪れる登山者や観光客に多く利用されています。歴史的にみても、前身の筑摩鐵道が上高地の観光開発を目的に設立されており、山とは切っても切れない関係です。故に、険しい山岳地帯を走らずとも「登山鉄道」と名乗ることに何ら遜色はないでしょう。今回の加入を機会に「山行き電車、上高地線」がより広く認知されていくと良いですね。

2019/05/16 17:21

この日は河童橋から梓川沿いを6km余り遡った徳沢を訪ねました。ここから下流の明神地区までは奥上高地とも呼ぼれ、上高地銀座と呼ばれる河童橋周辺とはまた対照的な雰囲気を持つエリアでもあります。1枚目は幕営地(キャンプ場)からみた六百山です。なお、この一帯は昭和9年まで牧場として使われていたこともあり、牛に追い立てられた登山者や文化人もいたようです。
徳沢を語る上で外せないのが井上靖の小説『氷壁』です。1955年に発生したナイロンザイル事件を下敷きにした同作は、映画化もされ戦後の登山ブームのひとつのきっかけともなりました。同作に登場する「徳沢園」は、当時の建物のまま、現在は「氷壁の宿 徳沢園」として営業を続けています。建物内の食堂には、井上靖の原稿や、映画「氷壁」の小道具やポスターが飾られていました。
再び幕営地に出て前穂高岳を眺めます。1955年1月2日、この東壁で登攀中であった登山家が滑落・死亡しました。原因はこの時使用していたナイロンザイルの切断によるものでしたが、当時メーカーや研究者、日本山岳会はそれを認めませんでした。登山者の命に関わる事態に、遺族などが中心になって運動を展開しますが、実際に対策が講じられるようになったのは1970年代後半のことでした。
何も知らなければ「キレイ!」「素晴らしい!」で終わってしまう自然の山々ですが、人との関わりの中で起きた事件やその後の展開、そこから生まれた物語、などを知った上で視界に入れてみるとまた違った景色が見えてくるのではないでしょうか。

2019/05/13 10:48

5月1日の新天皇陛下御即位に伴い、元号が「令和」と改められました。アルピコ交通上高地線ではこれを記念してヘッドマークを掲出しました。ヘッドマークは「令和 れいわ」を大きく表記したもので、青基調のものと紫を基調としたものの4種類が準備されました。
掲出が始まった5月1日から6日にかけては10連休の真っ只中でしたので、沿線にはこれを撮影しようと多くの愛好家の方がいらしたそうです。また当初は6日までであった掲出期間も、問い合わせが相次いだことから12日まで延長されました。
また改元に合わせて、2種類のきっぷ(入場券セットと上田電鉄とのコラボきっぷ)も販売されました。こちらは10日を待たずして完売となりました。このきっぷの販売、ヘッドマークの掲出はそれぞれテレビ・新聞などでも取り上げられました。

先の「平成」は、人口減少・少子化・規制緩和、と地方鉄道にとっては先が見えない苦しい時代でした。そこから「令和」へと踏み出すこのタイミングに、改元を印象付けることに一役買った上高地線の姿をみると、単なる移動手段としてだけではない「メディア」としての鉄道の役割をみたような気がいたします。

2019/05/10 19:22

私事ですが、今年も上高地で月の半分以上を過ごすこととなりました。まずは河童橋越しにみた焼岳。この日は前代未聞の10連休終了直後で至って静か。混雑を避けての上高地探勝には、この5月下旬から6月の頭がおすすめ。川岸の化粧柳も落葉松もこれから芽吹きを迎えます。
定番中の定番、河童橋の上より梓川と穂高連峰を眺めた様子も。山の高い部分ではこの日の朝にも雪が降り白く雪化粧しています。今年は昨年と比べ残雪が多く、右岸道の河童橋〜明神地区にかけては5月2日まで「通行困難」と案内されていました。
そんな上高地へのアクセスを一手に担っているのが、アルピコ交通です。上高地線新島々駅からのバスはもとより、都市圏からの直行便「さわやか信州号」やマイカー乗り換え拠点のさわんど地区からのシャトルバスがこの上高地バスターミナルにて発着します。なお、上高地→松本方面については、今シーズンより全てのバスが新島々止まり、電車乗り換えとなりました。

松本-(上高地線電車)-新島々-(バス)-上高地のご案内はこちらから

2019/05/05 21:48

新村から下り列車に乗って新島々へ。駅前の駐車場には2019年のバス上高地線の運行開始を前に新鋭がずらり。筆者が到着した際は、明日から山に入るらしいスタッフさん達が研修を受けていました。
駅から歩いて10分ほど。田んぼの中にある三ツ石を見に行きました。その名の通り地中から三つの巨石が露出するこの場所。そばに建てられた案内板によると、岩をよくよく観察すると深海に棲む微生物の化石など、太古の昔この辺りが海だった頃の名残が見られるようです。
線路ぎわに出て下り列車を狙います。この場所は17時近くなると車体全体に光が回るようになります。架線柱もかからず、上高地線内では貴重なポイントと言えますが手前の国道158号線を走るクルマの処理が課題です。
新島々駅へと戻ります。この日最後の水殿行き、乗鞍・白骨温泉行きのバスがそれぞれお客さんを待っていました。今は静かなこの駅も明日からは再び賑やかになることでしょう。(歩いた日:2019年4月16日)

2019/05/02 0:36

4月半ばのこの日は安養寺(三溝駅すぐそば)を訪ねました。今年の春は『しましま本店』開催の準備で、なかなか沿線に出て歩く機会がなかったのですが、こちらのしだれ桜を見ることができて個人的にはひと安心。
新村駅方面へ歩いて向かいます。住宅街を抜けて線路の南側へ出ると鹿島槍ヶ岳をはじめとする北アルプス北部の山々が春色の空にその姿を写していました。彩りを取り戻した田畠の向こうを上高地線電車が走ります。早春の筑摩野の風景。
続いて線路ぎわへ。美ヶ原を背にモハ10形リバイバルカラー列車がやって来ました。これは昭和33年から昭和61年にかけて上高地線で活躍した電車の塗装を再現したものです。この時期は戦後の登山ブームにも当たり、山行き電車上高地線を象徴する姿ともいえます。
振り向いてもう一枚。黒沢山をはじめとする西山の稜線が重なるその先にまだ雪を残して頭を覗かせているのが乗鞍岳です。先の鹿島槍ヶ岳、美ヶ原、そしてこの乗鞍岳はいずれも『日本百名山』に数えられる名峰。この新村付近ではこれらの山を含む20座余りを見ることができます。