2018/11/27 6:42

上高地線の北新・松本大学前駅にて駅設備の塗装工事が行われていました。画像は駅前の様子。プレハブの駅舎の周りには足場が組まれています。なお塗装が終わっている箇所を見ると以前と同じ色が塗られていました。
ホーム側から。北新・松本大学前駅は上高地線の駅では珍しくホーム上家がありますが、そちらの支柱も塗り直される模様です。それにしても目立つのは縦1.2m、横1.5mほどもある大きな幕で出来た仮の駅名板。松本大学・松商短期大学部の最寄駅である当駅は1日の乗降客数が松本に次いで多いと聞けば納得です。

2018/11/25 15:44

上高地線の駅はその大半が無人駅です。また係員の配置駅でも、時間帯によってはきっぷを販売していない駅が多くあります。そうした駅から松本ゆきの電車を利用されたお客様には、松本到着後、車内での運賃精算をお願いしています。

精算を終えたお客様には画像の「運賃精算済」券を発行しています。この券が新しいものに変更されました。従来のもの(上)と比べると縦幅が狭くなり、表記も松本電鉄線内からアルピコ交通鉄道線と表現が改められています。

2018/11/19 10:19

松本市を本拠地とするサッカーJ2チーム「松本山雅FC」のJ1昇格が決まりました。上高地線でも早速、J1昇格を祝うヘッドマークを掲出。昇格が決まったのは11月17日の対徳島ヴォルディス戦の結果を受けてのことですが、試合の結果速報が出ると、新島々駅ではすぐさまこちらのヘッドマークに交換したそうです。
同チームがはじめてJ1昇格を決めたのは4年前の2014年のことです。松本駅7番線で見ていると、いつもよりも電車にスマホやカメラを向けるお客様の姿が多く見られました。筆者はいまだ松本山雅FCの試合を観に行ったことはありません。それでも、普段から応援されている方にとっては4年前とはまた違った喜びがあるのではないでしょうか。

2018/11/12 13:21

この日は沢渡地区の紅葉を楽しんだのち、夕方の波田駅周辺を歩きました。まずは駅の東側にある山道踏切でくだり電車を待ちました。まだ16時台ですが、太陽は山の向こうへ隠れてしまい、電車は残照の中をやってきました。
電車の線路から一段下がったところには、松本市波田支所や波田小学校などが立地しています。その波田支所の敷地の片隅にはかつての町役場の建物が今も残されています。この洋風建築の建物は大正14年(1925年)頃のものとされ、2度の移築を経て現在の場所に落ち着きました。
その旧波田町役場のちょうど右隣には波田町時代に建てられた公民館の建物がありました。それがどうでしょう、更地になっていました。現在、松本市では市有の施設について再配置・再編を進めており、その一環として解体された模様です。(公民館の機能自体は波田支所の中に移されたそうです。)
この再配置・再編の波、先の旧波田町役場はもちろんのこと、新島々駅前の旧島々駅舎もその対象に入っているのでしょう。旧駅舎については3年前より活用がされていませんが、今後具体的に何らかの動きがありそうです。

2018/11/05 18:11

11月に入り上高地も閉山まであと僅かとなりました。この日は朝の河童橋の周辺を散歩。まずは橋の袂からみた穂高連峰です。すっきりとした青色の空の下、頂上付近には積もった雪の白もみることができました。一足早い冬の訪れ。
梓川の左岸を小梨平方面へ。川の対岸にはまだ葉の多く残る落葉松と、対照的にすっかり葉を落とした白樺林が見えます。その向こうに顔を覗かせるのは焼岳。岸辺に立つ三階建はホテル白樺荘です。
小梨平でも多くの落葉松をみることができます。この梓川左岸でみられる落葉松は、1912年から1914年にかけて植林されたものです。キャンプ場は既に今季の営業を終了。一面黄色の絨毯を敷き詰めたような林の中をひとり歩きます。
再び河童橋付近へ。この頃になると、上高地銀座の名はすっかり影を潜め、カメラマンの呼び込みの声も聞こえません。閉山まであと2週間ほど。冬への歩みを着々と進める晩秋の上高地です。

2018/11/03 8:31

この日は下島から守口駅へ向けての沿線を歩きました。波田地区の中でも特に宅地化の著しいこの沿線ですが、新しい住宅の並ぶ沿道に柿の木が一本。柿の実と同じ橙色をした電車がやってきました。
すぐ近くにはりんご畑もあります。今後、電車の向こうにある工場(旧宮地鉄工場)の跡地に新しい松本市立病院が整備される計画です。そこから更に宅地化が進みこのような風景も見られなくなってしまうのでしょうか。
森口駅へ。ここには木製架線柱が残っていますが、それもいよいよコンクリート柱に替わろうとしています。大きな変化はなくともじわりじわりと変化してゆく上高地線の沿線風景です。