2020/03/27 12:55

夜。下り最終列車の新村通過に前後して、5000形電車の出発準備がはじまりました。まずは5005号車が新村車両所を出ます。まずは緑色のランプをつけた誘導車が数台出てゆき、その後からトレーラーに乗った5005号車が公道上に姿を現しました。時刻はまもなく3月24日午前0時。



県道48号線と交差する南新交差点で方向転換。最後の点検を終え、保存先の群馬県へ向けていよいよ出発です。ところで、深夜にも関わらず交差点付近には同好の士(?)の姿も。聞けばこうした鉄道車両の陸送を追いかける方が近年増加しているようです。
5005号車に続き、5006号車も公道上へ。東京から松本に来て早34年。長年の寝ぐらであった新村車両所ともいよいよお別れです。引退後の12年間しか知らない筆者ではありますが、この間にあった様々な出来事、人との出会い、人生のターニングポイントには、いつもこの電車の存在がありました。それはきっと、この電車が松本を離れた後も変わることはないでしょう。


ありがとうカエル君、どうかお元気で!

2020/03/26 8:36

午後には新島々方の先頭車モハ5005号車の車体の積み込みが行われました。なお、今回保存が決まったモハ5005+クハ5006の東急時代の車番は、それぞれデハ5055+デハ5048でした。デハ5048が昭和33年12月、デハ5055が昭和34年10月にそれぞれ竣工しています。このうちデハ5055はデハ5000形式のラストナンバーに当たります。
東京急行電鉄5000系電車は昭和29年(1954年)から昭和34年(1959年)にかけて105両が製造されました。東急線上での活躍の後、全国の地方私鉄に譲渡され、現在も熊本電鉄の1両、長野電鉄の2両が現存しています。譲渡に当たっては各線に合わせた改造が実施されましたが、写真のモハ5005については、下回りも含め製造時の機器がそのまま使われ、結果として原型を最も良く残す最後の1両となりました。
車体が無事積み込まれたところで、縁の下の力持ち、台車をみてみましょう。正式には「TS301」といい5000系のために設計されたものです。ところで、5000系が登場する以前の電車は、吊り掛け駆動(モーターと車軸をギアで接続し電車を動かす方法)が主流でしたが、重量が嵩むことと、走行時の音が大きいことがネックでした。
5000系電車はこれを解消するために、モーターと車軸に取り付けられたギアボックスをプロペラシャフトで接続する「カルダン駆動」を採用。これにより軽量化と静粛な走行を実現しました。カルダン駆動はスタンダードな駆動装置として現在の電車でも採用されています。このTS301台車以外にも、鉄道技術史上の資料としても貴重な機器類がこの5000形電車には残されています。
朝9時の作業開始から6時間。無事、5005+5006号車2両分の車体・台車・パンタグラフの積み込みが終わりました。鉄道車両の陸送は夜間、交通量の少ない時間に行われるため、待機場所に移動しこのまま夜を待ちます。
ちょうど運転台側が新村車両所の入り口に据え付られました。すぐ側には上高地線の本線。現在の主力3000形電車(元京王帝都電鉄3000系)が走り抜けます。1999年以来、20年以上に渡って続いてきたこの顔合わせも今晩までのあと数回でおしまいです。

2020/03/25 9:00

"カエル君"こと、松本電気鉄道5000形電車(元東京急行電鉄5000系)は、昭和61年(1986年)に導入され平成12年(2000年)まで上高地線で活躍した車両です。引退後はモハ5005-クハ5006号の1編成2両が新村車両所に留置されていました。第一線を退いた後も、東急時代のカラーの復刻(2011年)や各種イベントの開催などで注目を集める存在でしたが、ここ数年は車体の老朽化から、その処遇が検討されていました。
5000形電車そのものは、デビューした1950年代当時の新機軸がふんだんに盛り込まれており、電車の発達、日本の鉄道の歴史上でも重要な存在といえます。しかしながら、既に製造から半世紀が経過しており、雨漏りがすること、断熱材として使用されているアスベストの除去費用などが嵩むこと、留置場所の新村車両所のスペースに余裕がないこともあり、現状のままでの保存は難しいことが予想されました。
2019年には「解体か譲渡か」の新聞報道もあり、上高地線や5000形に少なからず関わりがある筆者個人も気にかかっていたのですが、同年、アルピコ交通から長野県外の法人への譲渡が決まりました。弊通信では、2020年3月23日(月)に実施された、新村車両所での搬出の様子を3回に分けてご紹介します。(掲載写真は許可を受けて撮影しました。)
鉄道車両の輸送は、既存の鉄道路線を利用するもの(いわゆる甲種輸送)・船舶による輸送・トレーラーなどによる陸送の3つに大別されます。上高地線の場合は、現在JR線と線路がつながっていないこともあり、今回はトレーラーによる陸送となりました。写真は、車体と台車を切り離し、クレーン2台で陸送用の台車に載せ替える様子を写したものです。なお昭和61年の東急電鉄からの譲渡の際は、甲種輸送であったため、陸送はカエル自身にとっても初の体験です。
車体の積み込みを終えたトレーラーが待機場所に移動します。大型クレーン車などの車両がひしめきあい、もちろん鉄道施設もある、決してスペースに余裕があるといえない中を、バックですんなりと抜けてゆきました。

電車が踏切を渡ります。

はじめての公道を数十メートル走り、新村駅南の待機場所に無事到着。この日は寒の戻りの肌寒い一日で、午前中は雲の多い天気でした。これがお昼過ぎになると雲が取れ、北アルプスの山々が姿を現しました。カエル君にとっても慣れ親しんだであろう、信州の山々とも今日限りでお別れです。

2020/03/18 19:09

アルピコグループは長野県を拠点に運輸、観光サービス、小売事業を展開する企業グループです。その中核企業であるアルピコ交通の前身、筑摩鐵道の創立(1920年3月25日)から100年を迎える今年は「100周年イヤー」として様々な企画が展開されます。公式サイトの特設ページもオープン。100周年をPRするロゴマークも紹介されています。

このロゴマークは、上高地線を走る3000形電車にも掲示されていました。3月25日からは100周年企画第1弾として「創立100周年記念『上高地線全駅入場券限定販売』」が予定されています。
新型コロナウイルスの影響もあり、イベントの延期・中止・自粛が続く最中ですが、来年、再来年の上高地線開業・全通100周年に向けて、ファンの立場からも盛り上げを図ってゆきたいものです。

2020/03/15 21:30

2020年3月15日は松本市長選挙の投開票日でした。今回は現職で4期16年市長を務めた菅谷昭氏が引退を表明。新人6名が出馬しました。筆者は松本市民ではなく投票権も持たないのですが、今回の選挙には非常に関心がありました。この記事を書いている時点(15日21時)では、前回に続き2度目の出馬となる臥雲義尚氏が当選確実との報道が出ています。
選挙期間中の3月13日。上高地線新村駅前で、この臥雲義尚氏の青空演説会が行われていました。ちなみに通常の選挙活動は、日中は選挙カーによる遊説、夜に各地区の公民館などで集会、という形を採ることが多いそうです。新型コロナウイルスの対策で、氏は握手の代わりに、参加した市民、サポーターのみなさんと拳を作ってのグータッチ。通称、ガウンタッチと言うそうです。なお、明治期にガラ紡などを開発した発明家臥雲辰致(がうんたっち)は氏の曽祖父に当たります。

ミニ情報はさておき、市民になったつもりでその演説を聞くなかで幾つかのキーワードが印象に残りました。「住民主体のまちづくり」「地区同士の競争」「市内35地区が輝く松本市」このフレーズ、聞こえは良いのですが、穿った見方をすれば、地域の課題に対し行政任せの意識が強い、自分達でまちづくりに対するアクションを起こせない地区は、臥雲市政の下で取り残される、と取ることもできます。フルサービスからセルフサービス型の市政へ。コンパクトシティがブームとなる中で、市役所を分散配置するのは、そういったねらいもあるのではないでしょうか。
親鳥の帰りを待つだけだった雛鳥が、巣から羽ばたくには何が必要でしょうか。地域が羽ばたくために、どんな人がどんなツールーそれは外からもたらされるものではなく、地域の中にあるーを用いて、これから動き出すのでしょうか。臥雲氏はバスの公設民営化についても言及しており、上高地線についてもこの5年の間で何らかの変化が訪れることは確実です。

2020/03/11 19:31

連日報道が続く新型コロナウイルス。3月に入り、感染拡大策としての、臨時休校やイベント開催中止が相次ぐなど、その影響を目にする場面が日に日に増えてきています。不要不急の外出や公共交通機関の利用を控えるようにとの報道もあり、上高地線も空席が目立ちます。
お客様の急激な減少に伴い、火・水・金曜日に運行される「上高地線あんしん電車」も通常のワンマン列車として運行する措置が取られています。また毎年3月下旬に開催される「上高地線ふるさと鉄道まつり」についても、無期限の延期が発表されています。
来月4月には、上高地ゆきのバスも運行を開始しますが、仮にその時点まで中国・韓国からの入国制限が継続された場合、外国からのお客様の数も減少。長期に渡って影響が出ることも考えられます。
経験したことのない、先の見えない状況に、筆者自身もつい疲弊してしまうのですが、駅でのグッズや記念乗車券の購入(3月11日現在、2並び乗車券はまだ若干在庫があるようです。)など、少しでも増収に繋がるアクションをしてゆきたいと思います。
硬券乗車券や入場券、軟券、補充券、上高地線わくわくフリー乗車券など、コレクション用のきっぷ の購入もこの機会に是非お願いします!

2020/02/28 17:29

地元松本を拠点とするJチーム松本山雅FC。アルピコグループはそのオフィシャルスポンサーとなっています。グループの中核であるアルピコ交通でも上高地線電車1編成に、シーズン中、同チームを応援するヘッドマークを掲出しています。この取り組みは2012年からはじまったもので、毎年異なるデザインのヘッドマークが制作されるのも一つの楽しみです。写真は下新駅付近で撮影したものです。
今年のヘッドマークは、2020年のチームスローガンである「One Soul 捲土雷鳥」の文字とチームカラーがあしらわれています。昨シーズンは2度目のJ1挑戦と降格、長年チームを引っ張ってきた反町監督の辞任とショックな話題の多いシーズンでした。今シーズンも、新型コロナウイルスの影響もあり、試合日程が変更されるなど波乱含みのスタート。引き続き地元のチームを応援してゆきましょう。

2020/02/20 21:47

上高地線の新村駅舎の横には、2017年に解体された旧駅舎の装飾の一部がモニュメントとして残されています。本日(2月20日)筆者はその前を通りかかったのですが、どうも様子がこれまでと異なります。塗装を塗り替えたのでしょうか。
近寄って見てみましょう。この装飾は、もともと旧駅舎の車寄せに取り付けられていたもので、木製なのですが、明らかに違う素材に代わっています。
木製の装飾の上にカバーを取り付けたのか、はたまたレプリカを新たに制作したのか、素人目には判断がつきません。

ただ、以前から弊通信でお伝えしている通り、西日が照らすこの場所は装飾の劣化が進む可能性がありました。それが改善されたことはひと安心といえそうです。願わくば、筑摩鐵道の社紋が入った鬼瓦も、然るべき場所での展示が望まれます。

2020/02/18 12:48

午後の日射しを浴びて新村-三溝間を走る上高地線電車です。背後には北アルプス北部の鹿島槍ヶ岳、白馬岳の姿もみえます。これらは登山家・文筆家の深田久弥が『日本百名山』で紹介し登山者にも人気の高い山々ですが、ここ新村地区では20座をみることができます。
歩いて新村駅へと戻ります。アルピコ交通の前身である筑摩鐵道は大正9年3月20日、つまり今から100年前に、ここ新村の地で創立されました。会社設立の翌年には松本=新村間の工事が竣工し、電車の運行がはじまります。
初代社長を務めた上条信(しん/まこと)は新村出身の政治家・実業家です。筑摩鐵道の創立は、現在の西部地域の交通の近代化と、日本アルプス・上高地の開発を目的としており、現在の地域の姿を形づくった人物のひとりともいえるでしょう。新村駅近くには、業績を讃える記念碑があります。

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2020/02/16 20:20

昨年に増して暖かい今年の冬。2月に入ってようやく松本でも降雪を観測しましたが、その2日後に沿線を訪ねるとすっかり雪は溶けていました。日陰になるところなら...と思って、新島々寄りの沿線まで足を伸ばしてみましたが、こちらもうっすらと残っている程度でした。
新島々駅前。昨年はこの時期でも、白骨温泉や乗鞍高原スキー場を目指す、外国からのお客様の姿を見かけたのですが今年はひっそり静まり返っています。やはり例の感染症の影響でしょうか。長引けば、今シーズンの上高地の入山数にも響きそうです。
こちらは渕東付近。ひなたは早くも春のようです。ところで、冬の時期の上高地線電車といえば、車体が茶色くなりがち(雪と混じり合った鉄粉が車体に付着するため)なのですが、写真の3007-3008号車の車体側面は白いまま。そんなことからも今シーズンの雪の少なさが伺えます。
お昼はとく兵衛さんでかも汁そばをいただきました。奥さんとも雪の話題になり「前の冬もそうだったけれど、今年は余計に雪が少ないですね...」「スキー場なども困っているようですし」「夏は水不足にならないか心配」と思わずため息。

2020/02/05 15:18

三回目となる「上電×北鉄×アルピコ スタンプラリー」が開催されています。これは群馬県を走る上毛電鉄の支援団体「上毛電鉄友の会」様の主催によるものです。いずれも、もと京王帝都電鉄3000系が走る縁から、アルピコ交通も参加しています。2020年3月31日までの期間中は開催をお知らせするヘッドマークが電車1編成に掲出されます。
アルピコ交通では、波田駅・新島々駅の2箇所にスタンプが設置されています。駅窓口で専用のスタンプラリー 台紙を配布し参加することができます。訪問した路線と集めたスタンプ数に応じて、抽選でオリジナルグッズが当たるそうです。台紙の配布数は500枚(アルピコ交通配布分)参加してみてはいかがでしょうか。

2020/01/29 21:55

渚駅から乗車した電車を3駅先の下新駅で降ります。ログハウス風の駅舎は1997年に建てられたもので、同駅周辺の沿線から見える北アルプスの山並みをイメージしたデザインなのだそう。現在は、平日の朝の時間帯のみ委託営業があります。トイレが改修されており洋式になっていました。
さて、実際の沿線から見える山並みです。北は信濃富士とも呼ばれる有明山、南は北アルプスの女王常念岳。間に蝶ヶ岳、燕岳などこの平人々にとっては馴染みの深い山々が並びます。モハ10型リバイバルカラー列車がやってきました。
同じ列車でもう1カット。西の方角をみると一面雪に覆われた乗鞍岳が顔を覗かせていました。最も標高が高い剣ヶ峰は海抜3097m.その麓の乗鞍高原には上高地線の終点新島々からバスが出ています。筆者は上高地線を"山ゆき電車"と呼んでいますが、乗鞍岳はその姿が車内からもよく見える点に於いて、大いにそのムードを盛り上げて呉れる存在といえます。
そうやって写真を撮っていると後方から何やらじっとこちらを見つめる視線を感じました。振り向いてみるとそこに居たのは一頭の白ヤギ。2020年代にあって、なおも牧歌的な雰囲気の漂う上高地線沿線です。

2020/01/20 16:13

2020年の上高地線沿線さんぽは渚駅からスタート。今年最初の一枚はプラットホームの西端から見た北アルプスと上高地線電車です。カメラを覗き込んで待っていると、電車を待っていたご夫婦から「今日はいい天気で、蝶ヶ岳もよく見えますね」と話し掛けられました。時々この駅を利用されるそうですが、筆者のように天気の良い日には電車を撮影している人を度々見掛けるそうです。
やって来た電車には、「「上電×北鉄×アルピコ スタンプラリー」」のヘッドマークが掲出されていました。上毛電鉄友の会様主催のこの企画は今回で3年目。元京王帝都電鉄3000系が走る、上毛電鉄・北陸鉄道・アルピコ交通が参加しています。上高地線では波田駅・新島々駅の2箇所にスタンプが設置されています。期間は今年の3月31日まで。是非この機会にお出かけください。

プラットホームでは上高地線イメージキャラクター渕東なぎささんがいつもと変わらぬ笑顔を振りまいています。昨年末にNHKBS1で放送された番組『沁みる夜汽車 2019冬』では、彼女の生みの親の一人である故・林公介さんのエピソードが紹介されました。林さんは、古い電車で新しい語らいの会の活動にも積極的に関わっておられ、まだ高校生だった筆者にも優しく接してくださいました。突然の逝去から7年、筆者自身も、上高地線を発信しようとこうしてブログを書いたり、イベントを企画をしたりできるようになりましたが、まだまだ林さんの足元にも及ばない思いです。

次の下り列車が来るまでの間に、駅前の「エフエフショップアサワ」様のワッフルを購入。4月12日(日)開催予定の『しましま本店-本と電車と春の筑摩野Ⅱ-』のちらしも置かせていただきました。今年2020年はアルピコ交通創立100周年の年。上高地線のいちファンとして同線をどう盛り上げてゆけるか、挑戦の年となりそうです。

2019/12/19 23:24

12月も下旬に差し掛かり、2019年も残すところあと僅か。この頃の上高地線は沿線や電車の車内から見える北アルプスの山々が冠雪し、本格的な冬の到来を感じさせる風景を各所でみることができます。この日は少し早起きして下新と大庭の間の沿線へ出掛けました。
こちらは渚と西松本の間にある田川鉄橋上流側からの風景。テーブル状の蝶ヶ岳からピラミッド形の常念岳、台形の有明山、特徴的な稜線を展開する北アルプスをバックに、ステンレスの車体が朝日にギラリと輝きます。
北アルプスの山としてやっぱり忘れてはならないのが乗鞍岳。北新・松本大学前と下新駅の間の沿線からはその白い姿をよく望むことができます。やってきたのはなぎさTRAIN。ヘッドマークはクリスマス仕様です。12月21日・22日にはクリスマスにちなんだイベントも予定されています。

2019/12/12 18:58

旧島々駅舎はかつての上高地線の終点島々(1985年廃止)にあったものを、1989年(平成元年)当時の波田町が現在地へ復元したものです。復元後は町の観光案内所として利用され、2010年に町が松本市と合併した後も、観光シーズンの4月~11月にかけて使用されていました。ところが、2015年度、雨漏りがする等の理由で観光案内所は閉鎖、その後使用されることのないまま現在に至っています。
現在は松本市観光温泉課が管理しているこの旧島々駅舎について、2018年9月住民説明会が実施されました。ここで「(旧島々駅舎は)耐震診断をまだ行っておらず、現状のままでは使用できない」こと「耐震診断の実施・耐震化の費用を市では負担できない」ことが、松本市から住民側に伝えられました。

これに対し、旧島々駅舎の存続を求める一部住民は「旧島々駅舎保存協会」を立ち上げ、市との折衝に当たってきました。この中で「具体的な活用方法の提案を受けた上で、一般競争入札を経て、売却する」方針が市側から示されました。
旧島々駅舎保存協会による環境整備の様子

筆者は2018年の10月にこの保存協会のメンバーOさんらと偶々知り合い、資料の提供や活用プランの作成など微力ながらお手伝いしてきましたこの活用プランに関しては、色々ない頭を使った果てに「本屋を中心とした複合施設」にする案を作成しました。
さて、問題となるのは資金です。筆者も保存協会のメンバーも20代で先立つものはなし。更に文化施設としての活用は決して収益性の高いものではなく、融資を受けるのも難しい状況でした。そんな時、渡りに船と申しますか、メンバーの知人を通じ「旧島々駅舎を使用したいという方がいる」という連絡があり、早速、お会いしてお話を伺いました。

ところで、保存協会それ自体はメンバーが旧島々駅舎に「一目惚れ」したことからはじまったと言えます。(逆に筑摩鐵道の~と言っていたのは筆者ぐらい) その方も、このエリアで、会社事務所として使用する物件を見て廻っていたところ、旧島々駅舎を発見し「何なんだこのカッコいい建物は!」とその姿に魅せられたそうです。(今の言葉でいえば「エモい」そんな建物も、松本市側からみれば価値がない、お荷物な訳ですが...)
旧島々駅舎が形として残る可能性が高まったことだけでも、メンバーにとっては朗報でしたが、文化施設としての使用にも共感していただき、建物の一部に本屋さんを設ける案に理解を示してくださいました。(そのプランがこちら。供養のために貼っておきます。)

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