2008/09/20 14:49

食べてばかりいたわけではありません。文化にもふれました。
まずは、金沢城の石垣について。

これです

今、石垣が
おもしろいのです



(大手門口石垣)



石垣には、
野面積(のづらづ)み、打ち込みハギ、切り込みハギの3種類あります。
また隅部の工法は特別で、算木積(さんぎづ)みといいます。


野面積(のづらづ)み
(東の丸北面石垣)

自然の石をほとんど加工せずに、
緩い勾配で積み上げる方法
排水性に優れ頑丈ですが、敵に登られやすいのが欠点
ここ、東の丸北面石垣は、金沢城内でもっとも古いそうです



打ち込みハギ
(二の丸北面石垣)

石どうしの接合面を割って平たくし
接点を増やして積み上げる方法

      関ヶ原の合戦以後、この手法が盛んに用いられたそうで、
      野面積みより高く急な勾配が可能になります
      ここ、二の丸北面石垣は、
      形や大きさをそろえた割り石が使われ
      打ち込みハギでは最も完成されたものだそうです

 切り込みハギ (鉄門石垣)               (数寄屋敷石垣)







       石を完全に整形して互いに密着させて積み上げます
      江戸時代初期に見られ、石垣では最も進化した工法
      排水できず雨に弱く、排水機構が必要になります。



算木積み(さんぎづみ)
(戌亥櫓石垣)

隅部の工法です
他は打ち込みハギです

長い年月のあいだに
石が抜け落ちています

           


          算木積み(さんぎづみ)
          (薪の丸の石垣郡)
          こちらは 
          明治時代につくられた
          新しい石垣です



算木積み(さんぎづみ)とは、
隅に直方体に近い長石を用い、
その長辺と短辺とを互い違いに向けて積み上げる手法。 

算木積は天正年間(1573~92)にはすでに見られますが、
関ヶ原の戦い以後の全国的な築城大盛況期に急速に発展し、
慶長10(1605)年頃に完成した積み方だといわれています。
石垣の隅が、完成された算木積みであれば慶長10年以降、
そうでなければ慶長10年以前と推定することができます。
   ※参考文献「城の鑑賞基礎知識」三浦正幸(至文堂)

では。

松本城で検証してみましょう。
松本城の天守築造は推定で文禄2年~3年(1593~1594)です
完成された算木積みの工法は見られるでしょうか。


解体修理直前の松本城

松本市公式HP くるくるねっとまつもと 
松本市写真集(←懐かしい昔の松本)1951年その2より

        松本城の石垣は野面積みという工法。
        勾配はゆるく石垣は高くない。
        粗放に見えるが堅牢である。
        石質は石英閃緑岩などが多く近辺産のものである。
        
        中央の隅部にそれらしき算木積みがみえますが・・・


上の場所の写真の現在 隅部は完成されてない算木積み? 










                       松本城の本丸の真下からのショット


         人物は気にしないでください
         娘Aです
         後ろ右の隅石を見て下さい
         完成された
         算木積みではなさそうです

         隙間につめてある石は
         「栗石」というそうです







松本城はやっぱり古い! 
大阪城や江戸城の整然たる荘厳たる石垣に負けててもいいんだ。

石垣がこんなに楽しいなんて!な学問でした。


力尽きました。

本日はここまで。 ↓ はあすにもちこし。
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