その形成される過程を体験。
混沌とした思想の中から、自分の居場所を確保できそうなある一定の規模の思想が共有され始る。
その思想のプラットホームに少し大きな声を出すことができ、思想レベルから現実レベルへの実現可能な方向性を秘めた人物が現れると、その人物は比較的早くひな壇に上げられる。
まさに教祖誕生の瞬間。但し、ここでとても重要な要素がある。
教祖に取り巻く数人の人物が必要で、この人達が教祖像をより鮮明にしていく。
一度ひな壇に上げられると、教祖はもう二度と降りられない。
取り巻き数人は、さらに教祖像を確固たるものにしていくため、仮想敵をつくる。
仮想敵は実在する必要があり、相手が無害であればあるほど良い。
なぜなら、とても些細なことを攻撃材料にすることが出来るからである。
この段階まではまだ混沌としており、取り巻きの知り合いなどで集団は構成される。
また、大切なのはこの時点では未だ教典はない。
教典がないことで、教祖と比較的フラットなイメージがあり、集団の中にいると、特に偏った思想を感じることは少ない。
この混沌とした状態の時に、さらに仲間を増やすことが大切である。
ある程度仲間が増えてきた頃に、いよいよ教典を視覚化する作業がある。
教典を作成する人物は教祖ではなく、取り巻きが行うことが大切。
こうすることで、教祖をより神格化させることができる。
教典を配布し始める頃、初期メンバー数名がおそらく異論を唱え始める。
異論が強くなる前に、排除のベクトルを働かせる。
その方法は、その人が行っていた事や発した言葉を徹底して否定することである。
つまり、村八分にすればよい。
ただし、露骨に行うのではなく、それなりの理由を付けることが大切であり、自ら後ろ髪を引かれながら脱してもらうことである。
これが今後の集団を守る秘訣にもなる。
気をつけなければならないのは、取り巻きが教祖を作り上げているということに気がついてしまった人物である。
こうした人物は、徹底して攻撃するか、徹底して無視を決め込むかのどちらかである。
徹底して攻撃する場合、その人物がどこまで切れ者かを見極める必要がある。
場合によってはかなりのリスクを背負うことになる。
この段階まで来れば、あとは地道に教典を配布し、集会を開き、取り巻きのつくった思想を語っているだけで、ある一定規模の集団まで形成できる。
その数はおよそ100人である。
100人の壁を越えるためには、近い思想を持ちえた顔の広い人物と、声の大きな人物が必要になる。メディアに露出している人はうってつけである。
しかし、ここから集まる人物は、初期100人よりも思想は薄れていく。
その為、ある種サービスの提供(お札やお守り、グッズなど)が必要になる。
現段階ではここまでが自分が体験していること。
そして、初期メンバーでもありながら、遠巻きで眺めているが、この距離感をいつまでも保つことは不可能。
どこかで決裂をしなければいけないが、今はまだそのタイミングではない。
そして、集団の中にはいると、思想が偏っていても中立と思える空気感と緊張感が大切なことは付け加えておく。
※理想主義集団を増やす目的での書き込みではありません。
むしろ、このようなプロセスで理想主義の集団はできあがっていくことを記録したメモです。
また、集まっている人たちは、集団を形成しようという目的ではなく、仮想敵を倒すために集まっています。仮想敵が倒れれば、また新たな仮想敵をつくり出しますが、いずれは、教祖その物が敵になる可能性が大変強い要素を持っています。
その結果、分裂が起こったり、教祖を更に神格化させるために人間神にしたりする場合があります。
たまたまこうした形成のプロセスに関わったため、ここにメモをしておきます。
このような排他的な理想主義集団は気がつかないだけで周りにたくさんあるでしょう。
この事に警鐘を鳴らす意味でも、ここに記録しておきます。
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