”マツモト・バウンド”~bluesが聴こえる~
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2009/05/12 11:23 | 印刷

この言葉もう聞くことができないんですねえ。

そのニュースは2日深夜(日付は3日に変わっていたかもしれませんが・・・)突然やってきました。

たまたまテレビで見ていた「ロックの学園」。
番組内で、校長室が紹介されていたときでした。

画面の下にテロップが・・・。

「2日午前、忌野清志郎さんが亡くなりました。心よりご冥福をお祈りいたします。」(こんな内容だったと思う)

私は、その文字を見た瞬間、身体が凍りつきました。
そして、その後ひどく狼狽したのを覚えています。

時間的には、そろそろ眠くなる頃だったのですが、目がさえてしまって・・・。
何を思ったか、RCのCDを引っ張り出し聴きまくったのです。

RCを知ってから30年弱。
あんなに悲しい気持ちでRCの音楽を聴いたのは初めてです。

中学生の時、雑誌で見た清志郎さんの写真。
マイクに向かう彼の後ろに見えていた「屋根裏」の文字。
そう、その写真は、ライブハウスの「屋根裏」で唄う姿でした。

その写真を見てから7年後、憧れの「屋根裏」へ。
「ここが、あの写真の場所」
非常に感慨深かったのを覚えています。

そして、あの写真に写っていた「屋根裏」の文字の前に自分が立つことができたときの嬉しさは今でもしっかり覚えています。

私のように中途半端で音楽をやめてしまった者でも、清志郎さんの背中をずっと追いかけてきたのです。
もちろん、あんなビッグになれっこないけど、それでも少しでも近づけたらと思っていたんですよねえ。

清志郎さんのことを語るのに、「反逆のカリスマ」とか、「反逆のロッカー」なんて評価されたりしますが、私はこれは間違っていると思います。

確かに、「COVERS」というアルバムの内容や、その後の「タイマーズ」の活動。特にフジテレビの生放送中の放送禁止用語連発事件なんかのイメージが強いので、そう言われるのかもしれませんが、RCやその後の活動における歌詞をよく読めば分かると思うけど、非常に繊細で優しい歌詞が多いです。
青臭いかもしれないけど、「平和の大切さ」を訴えていただけだと思うんですけどね。

新たな歌声を聴くことはできないけれど、清志郎さんの残した沢山の唄をいつまでも聴いていたい。

本当は、もっと書きたいけど、なんかやっぱり、うまくまとまらないや。

「ずっと夢みさせくれてありがとう、清志郎さん」







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