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裁判員制度を考える”第6回:長野地検の裁判員広報キャラ” | Home | 暑いのは分かるけど…
2008/07/02 17:14 | 印刷

1日、被告の責任能力に関する精神鑑定のあり方を検討した最高裁の研究報告の原案が明らかになりました。

最近の重大事件を見ていると、「被告の責任能力」について紛糾するものが増えてきたなあ、という印象があります。

例えば、以前このブログでもご紹介した”妻による夫殺害バラバラ事件”もそうですよね。
また、先日起きた”秋葉原無差別殺人事件”も、多分被告の精神鑑定は行われることでしょう。(私は、当該被告については、事件の計画性や、事件直前まで通常通り普通に職場で勤務していたことなどから、精神に異常をきたしているとは思えませんが・・・)

そんな中、最高裁が、”被告の責任能力に関する精神鑑定のあり方”に関する研究報告を出しました。

読売新聞の記事によると、

まず、鑑定を実施する時期は公判前とし、公判開始後の鑑定は極めて例外的な場合を除き認めないこととし、公判前整理手続で、裁判所が、検察・弁護側双方の意見を取り入れ、鑑定人を選ぶ

としています。

つまり、裁判員に過度の負担をかけないように、公判に入る前(この時期には裁判員は一切関与しません)に、鑑定結果を出してしまおうというものですね。
そうすることで、裁判の長期化を防ぐこともできるというわけです。
また、専門家(裁判所、検察、弁護側)だけで話し合ったほうが、より高度な判断ができるというわけです。
でも、これだと裁判員制度を導入する意義がかすれてしまう危険性があると思うのですが・・・。

そして、今までは鑑定医は、精神障害についての医学的判断にとどまらず、責任能力があったかどうかという結論にまで言及するケースが多かったのですが、今回の最高裁の研究報告では、
鑑定結果の示し方については、精神医学の専門家が責任能力の有無に明確に言及すると、裁判員に対する影響が極めて大きいと指摘。犯行時の精神状態や精神障害が犯行に与えた影響など、医学的な所見の報告にとどめ、「心神喪失」などの法律判断を結論として示さないよう求めた。
とのこと。

これは、微妙に疑問が残りますねえ。

専門家が責任能力の有無にまで言及すると、裁判員に与える影響が大きいというのはよく分かります。
だって、「専門家が言ってるのだから間違いないだろう。」という風に裁判員が考えやすいから。
専門家が「責任能力なし」と判断すれば、裁判結果も「無罪」になる可能性が高いと言えますからね。

でもねえ、例えば、精神鑑定した専門家が責任能力の有無についてまでは判断しないとすれば、いったい誰が責任能力の有無について判断するのでしょう?

裁判所が判断するというのが最も妥当な結論ですが、裁判員による審理では、多数決が用いられることは以前書きましたが、この最終判断における多数決で、裁判所と裁判員の結論が真っ向から分裂すれば、裁判のやり直しになってしまうのですよ。
つまり裁判官の全員は「責任能力無し」、裁判員の全員が「責任能力有り」と判断した場合、判決が出せないので、裁判やり直し。
冷静になって考えると、裁判手続に一般国民の考え方を反映させたいと言ってスタートした裁判員制度の導入が、意味をなさない恐れがあるのですよ。

ということは、今回の最高裁の研究結果は、こう読み取ることができないですかねえ?

「専門知識を要する部分に関しては、裁判員を除外して審理するべき。裁判員がすべき判断は、「有罪か無罪か?」と「有罪なら刑をどうするか」だけでいい。」

いよいよ、裁判員制度が無意味な制度に思えてきました。


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