昨日の続きです。
今日は、「イカ天が火をつけたバンドブームとバンドブームの終焉」についてです。
もちろん、今日の記述もあくまでも私見ですので、ご注意を。
では、本題。
イカ天の放送が開始されたのは1989年。
放送当初は多分、あそこまで多くのアーティストを輩出するとは思ってなかったでしょうね。
私は、この番組の功績は大きく分けて2つのことがあると考えております。
その一つは、実力もありライヴでもそこそこ集客があるにもかかわらず、なかなかメジャーデビューできないバンドにスポットが当たり、彼らのメジャー進出への足がかりとなったこと。
これは、アマチュアバンドにとっては有り難いことですよね。
一部のコアなファン層から一般の音楽好き又は音楽は普段あまり聴かないけど流行りもの好きな人たちへとファン層を広げるチャンスを貰えるわけですから。
自ずとメジャー進出に近づくことができますからね。
そして、それまでライヴハウスに縁遠かった人たちをライヴハウスに呼び込むことに成功したわけですが、これは大きなことですね。
音楽産業全体のことを考えれば、メジャーデビューしているバンドの数は微々たるものです。ほとんどのバンドはライヴハウスで地道な活動をしているわけですから、そのライヴハウスの集客が伸びることは、音楽産業全体の底辺の拡大に繋がることは間違いないですから。
実際、当時イカ天に出演したバンドのライヴをたまたま見に行った時のことですが、どう見ても普段ライヴハウスなんて行きそうもないような方々の姿を多数見かけましたからねえ。
もう一つの功績は、「自分もバンドやってみたい。」というような思いを抱く人たちが増えたということでしょう。
趣味でギターを弾いていたような人が、バンドをやってみたくなった。そして、折角練習したのだから、人前でやってみたくなる。
これも音楽産業全体の底辺の拡大にイカ天が一役かったことは間違いないでしょう。
本当に、当時の楽器屋さんは人で溢れてましたからねえ。
それにリハーサルスタヂオが混んでましたから。
ところで、この時期の日本ロック史上における重要な出来事と言えば、やっぱり、1989年のX Japan(当時はX)のメジャーデビューでしょうね。
このバンドも後のバンドマン達に大きな影響を与えたことだけは間違いないですから。
さて、「原宿ホコ天」や「イカ天」が、当時のバンドブームに火をつけたことは間違いないところですが、やはり、それは”功”だけでなく、”罪”の部分もあったように思います。
それが、所謂バンドマンの「青田買い」でしょう。
それほど実力がないのに、人気があるというだけでデビューしてしまうバンドが数多く存在していたと思います。
一時のバンドブームにのっかった形でデビューしたバンドは結局、その後すぐに消えてしまうことが多かったような気がします。
イカ天から世に出たバンドでも、「今、どうしてる?」ってバンド結構いますよねえ。
つまり、バンドブームは音楽産業全体の底辺の拡大には繋がったけど、底上げまでには至らなかったと言えるのではないでしょうか?
「バンドブームが終焉を迎えたのは何時?」
これには、当然と言えば当然なのですが、明確な回答が出せないですねえ。
イカ天の放送終了は、1990年。
原宿ホコ天の中止は、1998年。
したがって、これらが、バンドブームの終焉の直接的な原因であるとまでは言えないし・・・。
私が考えるには、バンドブームの終焉にはこれまた2つの原因があると思われます。
その一つは、さきほどもお話したバンドブームの”罪”の部分。
とにかく沢山のバンドがデビューしました。したがって、そんな時に聞こえてくるのが、こんな言葉。
「どれ聴いても同じに聴こえる。」
なんとなく毛色の同じようなバンドが沢山存在していることにより、それぞれのバンドが独自の色を出せなくなっていた。
しかも、実力的にイマイチなバンドは、一発目は良かったけど、その後まともな曲を提供することができなくなってしまった。
そりゃそうですよねえ。人気があるというだけで、実力以上の評価を得ていたわけですから。
要するに音楽業界全体が飽和状態である上に、レベルが下がってしまった。
これでは、飽きられてしまうというものです。
そして、そんな音楽業界に彗星のごとく現れたのが、”ビーイング”のアーティストです。
これが、私の考えるバンドブーム終焉の原因その2です。
”ビーイングってご存知ですか?
今は数社のグループ会社に分かれているようですが、音楽事務所です。
私は、このビーイングの台頭こそがバンドブームを終わらせたと思っています。
彼らのセールスのやり方は独特でした。
まず、アーティスト自身があまり露出しないし、ライヴもほとんどやらない。中には、PV以外見たことが無いようなアーティストもいました。
ビーイングのやり方は、それまでのバンドブームに真っ向から対立するよなやり方であったと言えると思います。
つまり、バンドというのは、もちろん楽曲の良さも大切ですが、一番の肝はやはりライヴにあると思います。
いかに観客を楽しませることができるかにつきると思うのです。
そして、ライヴでの集客力がメジャーデビューの決め手になることが多かったのがバンドブーム期でしょう。
アーティストと観客の一体感や生感が重要視されていたのです。
しかし、ビーイングのやり方は、そういった一体感や生感を一切排除するようなやり方です。
すると必然的に、聴衆は楽曲に注目するようになるのです。
要するに、「どれも一緒じゃん!」と飽きられ始めていたバンドブームの最中、「楽曲の良さ」で差別化をはかったのです。
このやり方が効を奏して、ビーイング所属のアーティストに皆の耳は徐々に奪われていったのです。
1993年~1995年頃におけるビーイング所属のアーティストのCDの売上は凄まじいものがありましたから、この時期を”バンドブームの終焉時期”とするのが最も適しているかもしれませんね。
ちなみに当時のビーイング所属の主なアーティストは、B’Z,TUBE,ZARD,T-BOLAN,DEEN,FIELD OF VIEW,大黒摩季などです。
凄い面子ですよね。
「バンドブーム」に関するレポート(というか、私の考え)は、一応、今日でおしまいです。
今日も長い文章になってしまいました・・・。
Youtubeで見ました。
なるほど、あわせて読ませていただくとよくわかります。
イカ天とホコ天というイベント名だと思っていました(すみません!)
そして、何か海鮮系の生き物を思い浮かべていました(もっとすみません!)
しかし、ビーイングのアーティスト名はわかります。
自分で調べればいいのですが、もしおひまだったらお教えください。
当時のバンドブームに乗ってデビューしたアーティストたちのうち、
解散も含めて、2000年代まで活動していたアーティストは
どのくらいいるのでしょうか・・?
ホントにすみません。
コメント追加

ホコ天…イカ天…そんなブームに浸っていた頃をすごく思い出しました。
ビーングの話…あの頃…会社は攻め方だけじゃなく中も特殊だったみたいで。。。
みんな大変そうでした。。
今はアーティストの出し方もだいぶ変わってきましたね。
やっぱり本拠地が変わったからかな…