2008/01/09 13:18
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[10.その他雑記]
福岡の飲酒運転による事故に関する判決。
「ぬるい!ぬる過ぎる!」
もう既に昨日から何度もニュースで取り上げられている「福岡 3児死亡事故」(死亡事故?殺害事件だろ!)
新年早々、私は思いっきり暴言を吐きたい。
これから、ここで述べることは全て私見であり、感情論です。当然のことですが、法解釈も私独自のものです。
したがって、この私の暴言に対する「日本は法治国家だろ!」などといった「冷静」な意見は無意味です。
それでは、判決内容に沿って暴言を吐きたいと思います。
昨日出された判決自体はそれほど驚くような判決ではありませんでした。何故なら、検察が危険運転致死傷罪とひき逃げの併合罪による最高刑を求刑したのに対して、裁判所は業務上過失致死傷罪と道路交通法違反の罪を予備的に追加する訴因変更を命令していたからです。
つまり、裁判所は最初から「危険運転致死傷を成立させることは難しい」と考えていたのです。
そういう意味では、昨日の判決は「予想の範囲内」ということになります。
もちろん、「業務上過失致死と道交法違反を追加せよ」としているのですから、「危険運転致死傷罪が成立する」という判決が出る可能性もあったのですが・・・。
被告は事件当時、酩酊状態(酒に酔った状態)には無く、アルコールの影響で正常な運転ができない状態にあったとは認容できない
これが今回の判決の骨子の中では最も重要な部分でしょう。
危険運転致死傷罪の成立要件は、「アルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させること」とされています。
今回の裁判における最重要な争点ということになります。
では、裁判所が事件当時被告が酩酊状態に無かったとした理由は?
1.事件当時被告はスナックで酒を飲んだ後、事故現場までの約8分間、曲がりくねった道路を蛇行や居眠り運転などせずにきっちり運転したし、幅が狭いところでも接触等せずに進むことができた。
2.警察の飲酒検知においては、千鳥足になったり足がもつれたりすることも無かったし、呼気1リットル当り0.25ミリグラムという検知結果から酒気帯び状態であった。
3.被告が事故直後、携帯電話で友達に身代わりを頼んだり、1リットル近い水を飲んで体内のアルコール濃度を薄めようとしたりしていることから、当時、正常な判断能力があったものと推認できる。
4.同じ量のアルコールを摂取したとしても、血中のアルコール濃度は個人差があるため、事故当時の被告の血中濃度が1リットル当り0.9~1ミリグラムだったとする鑑定結果は、科学的・合理的な理由が無い。
そして、裁判所は結果的に事故になった要因を次のようにしています。
時速100キロで走行し、約12.7秒の間脇見運転をしたことにより、前方の被害車両に気付くのが遅れた
これが、3人の命を奪うことになった原因だとしたのです。
私の暴言はここから。
まず、酩酊状態に無かったと裁判所が判断した部分。
「事故現場までは道なりにしっかりと運転した」
そりゃ、そうだろ!普通に考えて、酒飲んだ後運転しようとしたら、もの凄く注意して運転しようとするだろ。そんなことで酩酊状態でなかったと判断できるのか?もちろん、これは個人の意識の問題だし、「スナックを出て間もなくよりも、事故現場の時のほうが酔いもさめて意識もしっかりしてくるんじゃないのか?」や、「仮にお前の言う通りだとしても、そんなものが証拠として認められるわけないだろ!」という突っ込みも当然あるだろう。
しかし、被告は事故当時時速100キロで運転していたのである。現場は直線の一般道路。普通の状態の人間がそんな運転するか?逆に、そこまで運転したことによって酔いが回ったということだって有り得ないことではない。まあ、これも当然のことながら、証拠とはならないけど。
私はこう考える。
「事件現場までは、しっかり運転した」ということは、酩酊状態に無かったということの判断理由にならない。
「飲酒検知の結果は酒気帯びだった」
おいおい、被告は事故後約1リットルの水を飲んで体内のアルコール濃度を薄めたし、何より事故から約1時間が経過してるじゃないか。当時の飲酒検知では、事故当時の被告が酩酊状態にあったのかどうかは分からないじゃないか。なのに何故この飲酒検知の結果を証拠として採用したんだ?
「事故後、友達に身代わりを頼んだり、水を飲んだことから事故当時被告は正常な判断能力があったものと推認できる」
確かにそう言えないことも無い。でも、これって「酩酊状態にあった」と判断しにくいってだけで、「正常だった」と言い切れないでしょ。何より「ずるいことをすることは正常だ」ってことになっちゃうじゃん。つまり、被告の当時の行動は、正常な人間だからこその判断であり、普通ならこうするでしょ。ってこと?これは、個人差があるし、それぞれの意識の問題。これは、さっきの私の見解と同様に証拠とはならないよ。
「鑑定結果は科学的・合理的な理由とならない」
警察の飲酒検知の結果を事故当時の被告の状態として証拠採用しているのに、何故?この鑑定結果を証拠として採用しないなら、警察の飲酒検知の結果も証拠として採用するなよ。
ここまでの長~い私の文章を読んだ(そんな人いるか?)人の中には、私の文章の弱点に気付いた人もいるのではないでしょうか?
というわけで、ここからが本題。
(自分の意見を簡潔に述べることができない能無しですいません)
私の文章に潜む弱点とは?
「今回の裁判において検察は、”今回の事故の原因は、被告が酩酊状態にあったことにある。だから危険運転致死傷罪にあたる”としている。ということは、事故当時酩酊状態にあったことを証明するのは検察。裁判所が酩酊状態に無かったと証明する必要は無い。」
だから、判決理由に対する私の意見は、「酩酊状態に無かったとは言えないのではないか」というものである以上、説得力に欠けることになる。
「裁判所は出された証拠から判断する。今回は被告が事故当時酩酊状態にあったと判断できるだけの証拠が無い以上、裁判所は検察の求刑通りに危険運転致死傷罪の成立を認めるわけにはいかない」という冷静な判断。
「司法は世論に迎合するような判断をしてはいけない」という冷静な判断。
そう、これが「冷静という名の壁」の中身。
世論がどんなに「こいつは許せない」と言ったって、裁判所が「こいつは許せん」と思ったって、超えられない壁。
この壁を突き破る方法は無いのか?
「早急な法改正が望まれる」「酩酊状態というのは個人差があり、判断基準が確定しない。」という至極当たり前で、冷静な意見。
何とかならないのか?
無い知恵を振り絞って考えた。
酩酊状態であったのかどうかを判断する方法は?
「被告人を当時と全く同じ状態にさせる。」
今回の事故で言えば、次のような鑑定をすることになる。
まず、当時と同じ量のアルコールを摂取させる。(もちろん、当時と同じ時間をかけて摂取させる)
その時点でまともに歩けるかどうか等を調べる。
次にスナックから事故現場までの時間を経過させる。
(本当は運転させたいところだけど、また事故起こして死んじゃったら何にもならないから)
時間が経過したところで、飲酒検知。
その後水を1リットルのませて、約1時間経過させる。
そして、飲酒検知。
やや、誤差はあるだろうけど、少なくとも事故当時の被告の真の状態に近づくことができるのではないだろうか?
本当は、同じだけのアルコールを摂取させた後、時速100キロで運転させて、12.7秒脇見させたいところです。
まあ、これは流石にできないでしょうが・・・。
この方法が一番合理的でしょ。
私は人の命を奪った奴に人権などないと考えていますので、このぐらいのことをやっても何の問題もないと考えます。
ところで、危険運転致死傷罪が適用された事故が無いわけではありません。危険運転か否か?が争われた事故の中でも今回の被告は、事故後の行動からしても悪質極まりない輩です。悪質な奴ほど刑が軽くなるようでは、「危険運転致死傷罪」を創設した意味がありません。
危険運転致死傷罪は、刑法の「殺人の罪」の章に組み込まれている罪です。「人殺し」なのです。
だからこそ、その判断には冷静でなければならないことは百も承知です。しかし、冷静であるが故に本来の普通の人が抱く感情からはかけ離れてしまっていると言わざるを得ません。
だから、私の暴言の締めくくりはこうなる。
「酒飲んだ後に運転すること自体が正常な人間の判断じゃね~だろ!酒酔いだろうが、酒気帯びだろうが、酒飲んで運転すればそれだけで危険なんだよ!」
もう一言付け加え。
今回の被告は、この事故を起こす以前に4件もの交通違反を起こしてる。こんな奴に酌量の余地があるだろうか?
投稿者 : happa
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「酌量の余地無し」
でしょう。
ホントこうゆう判決内容を聞く度
「法って何?」 って思っちゃいます。
(まぁ~ 宅建勉強してたときも思いましたが…)
日本語ヘタだからちゃんとしたコトバが出ませんが…
【「悪いコトは悪い」と。
「悪いコトしたらそれなりのオシオキ」をピシャッっと決めてもらいたい…】なぁ。