”マツモト・バウンド”~bluesが聴こえる~
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2007/06/29 22:21 | 印刷

光市母子殺害事件の差戻し審。
3日間の第1回集中審理が終わりました。

以前、このブログでも書いた通り、私は個人的な感情のみで被害者遺族である本村さんを応援しています。

今回の集中審理、本村さんが仰る通り、「聞くに堪えない」内容だったと私も感じます。

そもそも今回の広島高裁における差戻し審までには、足掛け7年もの歳月をかけ、一審、控訴審、上告審を行ってきました。
その7年間において、一度も少年が証言しなかったことが今回の差戻し審では、次から次へと出てきました。

どれもまさしく聞くに堪えない内容だと感じました。
「ドラえもん」「死者を復活させる儀式」・・・?

そして今回、弁護士からの請求により少年の精神鑑定がなされました。
その結果は、「被告は、幼い頃から両親の愛情に恵まれず育ったため、まともな人格を形成することができなかった。今回の犯罪はそんな未熟で幼稚な者が犯した犯罪と言える。」みたいなものでした。

今回の鑑定人が弁護士が依頼した人物である為、「こんな鑑定は容認できない。」などと言う方もいますが、今回の鑑定人は、心理学の権威である立派な先生ですから、私としては、そういった批判が当てはまらない鑑定であったと信じたいです。

しかし、精神鑑定についてだけは私なりに一つだけ私見があります。
精神鑑定というか、心理学は確率論だと思っております。多数のサンプルのいづれかに当てはめて心理状態を読んでいくのでしょうから。
だってねえ、人間の内面なんてそんなに簡単に測れないでしょ。
もちろん、心理学を否定しているわけではないですよ。
本当に自らが対峙している特定の個人の内面の奥深いところまで読み取ることができるとしたら、それは”神”ですよ。

したがって私としては、刑事訴訟において精神鑑定すること自体に意味が見出せないのです。あくまでも、被告の精神状態を予想するだけのものだと思うので、そこに重点を置いて事実関係を探るのはちょっと違うかなと思うのです。

これはあくまでも私の持論であり、他者から見れば暴論かもしれませんが、「人を殺す」という行為をすること自体既に精神的に以上であると考えています。
したがって、精神鑑定すること自体に意味が無い。

よく言われるのが(今回の鑑定結果もそうですが)、「被告が今回のような犯罪を犯してしまった背景には、幼い頃の家庭環境や社会からの疎外感がある。」っていうような言葉。

でもね、どんなに劣悪な家庭環境で育ったとしても、立派に生きてる人は沢山いると思うんです。だから、一律的に語るのは危険だと思うんです。

私は基本的には、人を殺した者には極刑で望むべきだと思っています。
ただ、殺人に至るまでの過程において、殺さざるを得ないような状況があったかどうかを丁寧に審理し、社会一般の思考を考慮した上で、殺人もやむを得ないと判断できる場合には、情状酌量の余地ありと判断して欲しいと思うのです。
なんとなくですが、安易に精神鑑定しすぎているような気がしてならないのです。

私は、「人の命を奪ってはいけない。」という基本概念を最も重要に考えて欲しいと思っているのです。

「では、死刑は人の命を奪うことになるのではないか!お前の言っていることは矛盾するぞ!」というお叱りを受けそうですが、私は、こう考えます。

「人の命を奪ってはいけない」というルールから逸脱したのだから死刑でも文句言えないでしょ。

私は、「罪を憎んで人を憎まず」とは考えられません。
心が狭いのかもしれませんね。

此れほど人をバカにした被告の証言に驚かされ、
それを、少年が真実を語ってくれたと言う
「人権派弁護士」・・・!

私には、単なる思いつきの言い逃れにしか聞こえません。

最近お気に入りの漫画は「家裁の人」という漫画です。

植物好きの判事が主人公なのですが、
少年犯罪や家庭争議の話を、木や植物に例えていて
とても面白く読めます。

確か片岡鶴太郎主演でドラマ化もされたかも。

被告の少年に自分の罪を認識させる事はもう無理なのでしょうか・・。

今回、周りの「良識ある大人達」が彼を間違った方向に導いてるような気がしてなりません。

仰るとおり、今回の差戻し審における被告の証言はあまりにも唐突で突拍子も無いものと私も感じます。

最高裁が広島高裁への差戻しを決めた経緯から、死刑になることはほぼ確定的と思われるため、慌てて考えたのではないかと推察せざるをえないような証言であると感じます。

今回の弁護団は、そもそも検察の捏造による事件だと主張しています。
弁護団が言うとおりであるなら、何故最初から被告は殺意等について裁判において否定しなかったのか?甚だ疑問です。

それどころか、被告が遠い記憶を呼び起こし真実を語ってくれたとまで言っていますね。
第1審当時の記憶のほうがよっぽど正確だと思うのですがねえ。

「家裁の人」。
テレビドラマは好きで見ていました。
私は本来であれば、”大岡裁き”なるものがあって欲しいと思っておりましたが、流石に今回の裁判を見る上では、そんな気持ちは一切出てこないですねぇ。
今回の集中審理においての被告のあまりに稚拙な証言、一個人として、心底気分が悪くなりました。
「ドラえもん」の4次元ポケットの証言のくだりなど、言語道断です。「今思えば幼かったが・・」などと前置きしているけど、明らかに嘘っぽい。

本件に関心のある誰もが、ますます憤りを増しているに違いないと思います。
そして私は日本の司法も疑います。





今回の被告の証言を聞いて、気分を悪くした方は日本中に沢山いらっしゃるのではないでしょうか?

仮に被告に対して同情するような気持ち(こんな気持ちになる方がいるかどうかは分かりませんが・・・。)がある方でも、今回の被告の証言は、単純に「嘘くせ~」って感じるのではないでしょうか?

トワイ様のように日本の司法のあり方に疑念を持つ方も多いでしょうね。
そういう意味では、今回の差戻し審は、日本の司法制度そのものが問われているのかもしれません。

特に今後開始される裁判員制度に向けて我々のような一般人にとっても、重要な裁判かもしれないですね。

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