”マツモト・バウンド”~bluesが聴こえる~
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2007/06/04 2:14 | 印刷

数日前から、書くか否か?で散々悩みました。
今も悩んでいます。

以下に述べるものは、法解釈を含め、私個人の見解です。
また世の中に何か訴えようと思って書いているわけでもありません。

では、本題。

今回私が語るのは、”光市母子殺害事件”についてです。
私は個人的に遺族である本村さんを応援しております。
(もちろん、何か表立って行動しているわけではなく、あくまでも心の中でですが・・・。)

ここ数日、ネットでこの事件について検索すると、様々な方々がブログなどで今回の広島高裁における差戻し審における弁護団について語られています。

その多くは今回の弁護団に対する批判です。
弁護団を擁護する記載は稀です。

そして弁護団に対して批判的な記事のほとんどが、弁護団が死刑廃止論者であるがためになされているものがほとんどです。
つまり、弁護団は自らの死刑を廃止すべきと言うイデオロギーのために今回の裁判を利用しているという考え方です。

また、弁護団が殺人罪は成立せず、傷害致死罪が成立するのみであると言う主張の中身に対する批判が多いようです。
つまり、今回の差戻し審において弁護団が新たに主張してきた殺人罪が成立しないとする理由の中身です。
書くに耐えない内容を含むので、ここではその中身についての記述は避けたいと思います。(新聞等のメディアにて報道されているのでお分かりになるとは思いますが、要は犯行時の状況についての弁護団の主張のことです)

弁護団を批判する意見というのは、やはり感情論からきているものが多いようです。
正直、私もこの事件の犯人である少年を許すことはできないし、今回の弁護団の主張もどれ一つとして理解できるものはありません。これは全て私の感情です。特に今回の事件を精神異常をきたした者の犯行であるという理屈を並べる弁護団の主張を許すことはできません。これも、私の感情です。

こうした弁護団に対する批判意見を批判する意見も数は少ないですが、書いている方もいました。
その中身は、”弁護士の職責は、被告人にとって利益となる為の活動をすることである。”とか、”今回の裁判において、弁護団は死刑を廃止すべきなどとは言っていない”というものでした。

もちろん、どんな凶悪な犯人であっても、その弁護を引き受けた以上、その者の利益の為だけに活動するのが弁護士という仕事でしょうし、裁判において被告人が主張して無いことを弁護士が主張することは許されないから、今回の裁判において弁護団は死刑を廃止すべきなどとかたっていないことは十分承知しています。

しかし、やはり私は今回の弁護団の最終目的は”死刑廃止を世の中に訴えること”ではないかと考えます。

その理由は以下の通りです。これも全て私の私見です。

今回の広島高裁における裁判は、あくまでも最高裁による二審の破棄差戻し裁判です。
つまり、広島高裁における二審判決に不服の検察が最高裁へ上告し、その上告審において最高裁が二審の破棄差戻し判決をしたことによる裁判です。

最高裁が差戻し判決をした理由は、「二審における無期懲役の判決は刑が軽すぎる」というものです。
つまり、「死刑を回避すべき決定的な事情がない。よって、死刑を選択しないだけの事情の存否について審理を尽くしてない。もう一度審理しなさい。」と、最高裁は主文で語っています。
要するに、今回の差戻し審においては、よほどの新事実が出てこない限り、「死刑判決しなさい。」と最高裁は言っているのです。

従って、差戻し審における争点は、”死刑か否か?”であり、”殺人罪か?傷害致死罪か?”ではないのです。

裁判所法4条は、「上級審の裁判所における判断は、その事件について下級審の裁判所を拘束する。」としています。
つまり、広島高裁は最高裁の判断に拘束されるのです。

最高裁は、破棄差戻し判決の主文において、殺人罪が成立することには揺ぎ無く認めることができるとしています。
もちろん、弁護団が”殺人罪は成立しない”と主張することは自由です。しかし、広島高裁は、最高裁の判決にのとって裁判を進行させることでしょうから、”殺人罪は成立するが、死刑にすべきか?”という一点を審理の対象とするでしょう。

殺人罪が成立することについては決定的
→本当の意味で被告人のための主張をするのであれば、”殺人罪は成立するが、死刑に処するのはおかしい”という主張をすべき
→にもかかわらず、弁護団は、傷害致死が成立するという主張
→今回の裁判において、弁護団が語った殺害時の状況はいかにも突拍子も無いもので、過去の裁判において少年が一度も語ってないものばかりである
→つまり、傷害致死が成立するなどという判決は出る可能性は限りなくゼロ。しかも、本当の意味での新たな証拠も出してきていない。先に記述した通り、死刑判決が下される可能性が極めて高い。
→にもかかわらず21人という大弁護団で今回の裁判にのぞむ理由は?またその利益は?
→「死刑を廃止すべし」と裁判で語らなくても(もちろん、語ることは裁判制度上許されませんが)、社会的に関心の高い事件であるし、死刑廃止論者が進める裁判として注目を浴び、彼らの日頃の活動にもスポットが当たるだろう。
→世の中に死刑制度の是非を問ういい機会である。

こんな図式が頭に浮かぶのです。

もちろん、死刑制度の是非について世間で語られることを悪だとは思いません。しかし、今回の弁護団の裁判の進め方は、どうしても納得がいかないのです。

本当の正義っていったい何なんでしょう?

被告人の利益を守る=被告の人権擁護というのは、違法な公権力(捜査や裁判や警察における取調べ)の行使から被告人を守る、というのが本来の意味。

決して被告人の罪を軽くすることではありません。

長々と書きましたが、ここにおける記述は全て私の私見であることを再度記しておきたいと思います。

ちなみに、最高裁の破棄差戻し判決の主文は以下で見ることができます。

http://www.courts.go.jp/

こちらの「裁判例情報」の、「最高裁判例」で検索すれば見ることができます。
事件番号は、「平成14(あ)730」です。

(補足)1日には、被害者参加制度の導入に関する刑事訴訟法改正案が、衆議院の法務委員会で可決されました。


いつも勉強になる機会を作っていただけて
感謝しています。

かなり初歩的な疑問になってしまいますし、
ずれたコメントだったらご容赦下さい・・・


今回の弁護団は、おそらく私選弁護人ですよね?

すごく穿ったというか、斜に構えた見方に
なってしまいますが、一体、弁護費用は
どこから出ているのでしょう。
誰が、何の為に・・・?

違法な公権力から被告を守るためのボランティア
(ボランティアでなくても)であれば、
私は大弁護団がついても全く構わないと思います。

色々な意見があることは少しも
悪いことだとは思わないし、誰かを傷つけたり、
危害を加えるものでなければ自由に意見を
言える社会が望ましいとも思っています。


でも、何かのために裁判を「利用」しているのであれば
それは正義に反すると、私も感じます。

私の無駄に長い文章をお読みいただきましてありがとうございます。

今回の弁護団はおそらく私選弁護士でしょう。(確証はありません。今度調べておきます。)
どうやら日本全国から集まっているようです。

ただ、もしかすると自ら手を上げた方々かもしれないですね。

私も多種多様な考え方があって当然だと思いますし、できる限り、自由にモノが言える世の中であって欲しいと願っております。

ただ、今回の弁護団については、やはり、本文でも記述した通り、どうしてもパフォーマンス的なニュアンスを拭い去ることができません。

もちろん、法廷で死刑廃止に関して語ることはできないし、語るはずも無いのですが、今回の弁護団のイデオロギーはすでにかなり有名なものである上に、今回の事件の弁護を引き受けることによって彼らのそのイデオロギーに脚光が当たることも間違いないわけで。

そういう中で、今回の差戻し審において弁護団が新たな事実であるといって示した証拠の数々は、かなり突拍子も無いものであると思われるので、やはり、今回の裁判を利用しているとまでは言わなくても、ちょっとおかしいのではないかと感じてしまいます。



勉強不足なのでちょっと調べてきました
以下も含めて〈弁護団の主張〉という事なのでしょうか

被告人は…
・以前から抱きつき癖があった
・幼い娘を泣き止ますため首に蝶々結びした
・水道屋の格好をしたのは単にコスプレの趣味
 …

え!?遺族に対して余りにもひどすぎます


死刑廃止論も人道的な立場に立つものだと考えますが、最愛の妻子を失った上、これではご主人へ更なる追い討ちをかけているのと同じです

被告人の「人道に対する罪」を考えるとこの事件の中で、死刑を回避するための裁判を行おうとしている弁護団は、わたしも正義のはき違いだと思います

(人道の意味が間違っていたらゴメンなさい)
返事が遅くなりすいません。

弁護士の責務として被告人の刑を軽くする。というのは、弁護士としては当たり前のことかもしれません。

ただ、今回の差戻し審は、死刑か否か?を争うものであり、殺人か傷害致死かを争うものではないと私は考えています。

その裁判において弁護団が傷害致死が妥当であるという理由の中身がazusa様が記載されている主張ですね。この主張は、過去の裁判において一度も出てこなかったものであり、あまりにも唐突で、しかも被害者の気持ちを逆撫でするもの以外の何物でもないと思います。

また、被告人からは懺悔の言葉であるとか、後悔の言葉が全くない。

人道的な立場に立つ、いわるゆる人権派と呼ばれる弁護士の方々の中には、違法な公権力の行使から被告人の人権を守るという人権擁護本来の意味をはき違え、被告人の罪を軽くすることのみに執着している方々がいます。

この行為は法曹界に身を置くものの行為としては、やや品の欠けるものではないかと私は考えます。

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