たまには、漫画でも。

タイトル:夢見る機械
作者:諸星大二郎
出版社/メーカー:(発行)創美社(発売)集英社
メディア:単行本
さて今日私がこの漫画を取り上げたのにはちょっとだけ訳があります。
憲法談義で登場した澁澤龍彦。
以前から彼の作品の紹介をしたいと思いながらなかなか書けずにいました。
そこで、憲法談義がいい機会であると考え、今後澁澤についても書いていこうと考えております。
というわけで、今日は澁澤に関するもので、一番澁澤に遠いネタからです。
遠いにもほどがあるネタです。
まずは、この漫画の紹介を少々。
これは、1974年から1981年にかけて発表された諸星さんの作品の中から、SFについての作品を集めた作品集です。
まあ、正確には”SFチックな作品群”となると思いますが。
全部で8作品を読むことができます。
諸星さんと言えば、そのシュールな切り口が絶妙な稀代の天才漫画家として評価されていますが、恥ずかしいことに私が彼の作品に初めて触れたのがこの”夢見る機械”でした。
8作品とも読み終えると、背筋が寒くなるのを覚えました。
これらが70年代に描かれたものであるということにも驚きました。
現代における社会の闇の部分と言うか不安感や不信感というものが見事に描かれているような気がします。
特に、”地下鉄を降りて”は恐怖心さえ芽生えたほどです。
背筋が寒くなるのと同時に私はある言葉を思い出していました。
それが、”ストリップティーズ(striptease)”という言葉。
所謂、ストリップの世界で言えば、チラリズムのことを指す言葉、つまり見えそうで見えない、見せそうで見せない。
ただ、私が以前この言葉に関してどこかの本で読んだところ、
「ストリップティーズ=ことの本質を隠しながら若しくは露見しそうでしないという手法を取りながら、見える部分で、その見えない部分を想像させること」とも書いてありました。
まさに、この諸星さんの”夢見る機械”もストリップティーズの世界ではないかと思うのです。
「私の創造であなたは何を想像しますか?私は想像する為のネタを提供しました。さあ、ここから先はあなたが想像するのです。」とでも言われているようです。
と、ここまで書いてきましたが、一体この作品と澁澤の関わりは?
”夢見る機械”に収められている作品で、タイトルにもなっている”夢見る機械”に登場する”市井の哲学者・渋川立彦”、”猫パニック”に登場する”大学5年生・渋川立彦”。この”渋川立彦”が、澁澤龍彦をモデルにしていると言われているのです。
風貌は本家・澁澤龍彦とは似ていませんが、”夢見る機械”の中での渋川立彦の台詞に澁澤っぽい部分が。
「この社会はできるだけ個人をおしつぶしてなりたっている。法律だの、道徳だのでがんじがらめにされるんだ。だから、誰も理想をなくして無気力になっていくのさ。」
これを澁澤っぽい台詞とするのは、少々強引ですかねえ。
澁澤を語る上で、夢見る機械が担う役割は正直無いでしょうね。いくらなんでも遠過ぎのネタですから。
いったい、澁澤龍彦自身に辿り着くのは何時のことでしょうねえ。辿り着かなかったりして。
小学生の時に、短編読んでその怖さに一寸トラウマになってしまったつのきちです。
確か、田舎に帰省して、昔いなくなった父が、現れるという話で、暗闇に顔だけ浮かび上がるのですが、一瞬月明かりに浮かんだその姿は!!!
あー怖い。氏の魅力はあの独特の絵のタッチでしょう。
あの絵で10倍怖いです。
happaさんのその漫画欲しくなりましたよ。
まさに、怪奇、伝奇ロマンの代名詞。
ブックオフとかにあるかしらん。
コメント追加

『夢見る機械』が初モロなんですね。この作品はワシも
衝撃でした。身震いさえしました。っていうか氏のSFは総じて
おそろしいですよ~。生物都市も恐かった。
ワシは高校の時初めて読んで、以来じわじわと読み続け、
ネムキも立ち読みし、多大な影響を受けております。
SFも好きですが、民俗ものも好きです。最近紙魚子に稗田が
お株をとられているような気がしないでもないですが^^;