物に対する価値観というのは、当然人それぞれ。
100円でも高い物と、1万円でも安い物の違いって?
再三、私のBlogに登場する先輩のBlogで紹介されていた噺「猫の皿」。
落語好きで無くても結構知っている方が多いと思うのですが、要するに「高い高麗の茶碗で猫に飯を食わすと、猫が売れる」って噺。→「猫の皿」の内容についてはこちらから。
「価値観」を考えるネタとなる噺です。
私は日頃から物の価値を考える際、その物の値段に対する評価についての「高い」「安い」の使い方について疑問を持つことがあります。
つまり、沢山お金を支払うと「高い」、支払うお金が少ないと「安い」と表現することについてです。
もちろん、どのぐらい支払ったら「高い」「安い」と思うのかという根元的な違いは人それぞれだと思いますが。
ここでの、「高い」「安い」には、その物自体の価値に対する評価が含まれていないような気がするのです。
その物自体の価値に対する評価とは、その物を手にした人の満足度みたいなものではなく、その物自体が持っている価値のことです。
つまり、例えていうなら、一貫100円の寿司に対する旨い不味いの評価ではなく、その寿司の原材料となるものの価値のことです。
一貫100円の寿司でも原材料費が10円なら「高い」
一貫1000円の寿司でも原材料費が900円なら「安い」
と、なるのではないでしょうか?
単純に100円という量と1000円という量だけを比べて「高い」「安い」とするのはちょっと違うかなと。
「原材料費10円の一貫100円の寿司が旨かった。」
=「あの寿司は高いけど旨い。」
「原材料費900円の一貫1000円の寿司が不味かった。」
=「あの寿司は安いけど不味い。」
ここで一つ問題が。
私は、その物(寿司でいえばネタ)の原材料費を知らない。
若き(私は若くは無いけど)ウエルテルの悩みは尽きない・・・。
本日のBGM:
今日はアルバムではなく、シングル曲を2曲紹介します。
下の2曲は、どちらもYO-KING(真心ブラザーズ)の作詞作曲です。
しかも、ほぼ同時期(1週間違い)に発表されました。
タイトルから受けるイメージもかなり違うし、実際の曲調も、Kinkiのほうは明るくポップなもの
で、真心のほうはパンキッシュなものです。
同じ人が作ったのかと思うほど異質な2曲ですが、真心のほうの曲の最後にでてくる詞が、
「オイ、人間、もう終わりか?」となっています。
「Hey!みんな元気か?」=「オイ人間、もう終わりか?」ということなのかなあと思うわけです。
左:「Kinki Kids/Hey!みんな元気かい?」
右:「真心ブラザーズ/人間はもう終わりだ!」


コメント追加
なかなか難しいオハナシのようですね。
38のアタマは知恵熱でオーバーヒートです^^