5
6月30日、午後7時30分頃。曇り。
「この恐竜、ナダルンになついてない?」と言うと、ナダルンは嬉しそうに「うん」と答えて、恐竜の脚をさすった。
「あらあら、きれいにマニキュア塗ってもらったじゃない」ナダルンは、しゃがんで爪の砂をはらう。「私も持っているわよー、ブルーのマニキュア。今日はオレンジ色のしてるけどね」まるで親子のような背中。一億五千年前の地球に立っているようなめまい。もう何千年も生きてきたような自信。まさか。わたし。さっきの一瞬のブルムーンの光をあびちゃってSFの世界に紛れ込んだのだろうか。
これは作り物の恐竜、アパトサウルス。夢の中じゃない。
「松本市制100週年記念のマニキュアね」
ナダルンをつれて現実の世界にもどる。さらにもどる。
「ジェラードはいつ食べるの?」
「あっ! 忘れてたっ。アイスクリームもってきてるんだった!」ナダルンの声はでかい。
「ほらアイスよ」
ナダルンは、ジェラードの箱を恐竜の口もとに持っていった。
反応はない。あるわけない。
私には見えない。
アイス食べよか、ナダルンと私は尾に並んで座った。
チャオのジェラードは、素材の味が生きていて、甘さが自然で、ネーミングがいい。肌寒くなってきたけれど、冷たさを感じないアイスクリームだ。
そろそろ聞いて良い頃だろう。
「ブルームーンと、水飲み場と、アイスクリームの関係知りたいわ」
「あれ?話してなかったね」私が身を乗り出すと「これが微粉砕コーヒーチョコで、これがココナッツミルクマンゴ、これがバナナの気持ち」まずは3種のアイスの味を確認した。「すごいバナナ味、ほんとにバナナの気持ちになるわ。そっちも味見させてよ」
私のは、まごころ抹茶、ほくほくカボチャ、パワーアップレモンの3種。
「一回目はね、四男がまだお腹にいる時だったの」恐竜のしっぽがぴくんと動いた。ような気がした。気のせい気のせい。
ナダルンの話だ。
親子遠足で来た時ね。逆子っていわれてて、それでも三男をおんぶよ。次男と長男はほっといてもいいけれど、三男は背中にくくりつけとかなきゃ、何をしでかすかわからない年だからね。子供達って水飲み場の水を出しっぱなしで滑り台へ走っていくのよ。ああ、水出しっぱなじゃない・・・って思ったけれど、水を止めにいく元気なくて、我が家の水道じゃないしさ、恐竜によりかかってアイスを食べてたの。
するとね、恐竜がなんかすり寄ってきた感じがしたの。同時にね、お腹の四男が恐竜にむかって両手か両足を伸ばしたかとおもったら回ったのよ。でんぐりかえしっていうの?
先生かお母さんか誰かが水道を止めたのよ。そしたら、もとに戻るっていうか、静かになるっていうか・・・そう感じただけだけど。
結局、逆子はなおってたのよ。偶然になおることよくあるらしいけれど。あとで写真をみたら、ちょっとだけ恐竜が私に寄ってるように見えるの。表情も、わたしと写ってるのだけ、なつかしそうな、いたずらっぽそうなわけ。わたし、恐竜が逆子をなおしてくれたって思っちゃったわけよ。その日は、満月だったのよ。しかもブルームーン。
2回目はね、その逆子だった四男が7歳の時。6年前の秋よ。交通事故でね右足を複雑骨折したの。運動神経がよくて、サッカー選手になるのを夢見てるような子だったの。親としてもつらくて。親子で3ヶ月泣きっぱなしだった。
退院間近になったとき、病室から北アルプスのほうに満月が見えたのよ。夕方。もう薄暗かったわ。なんとなく、ブルームーンのことを思い出してね、調べたら、まさにその月はブルームーンだったの。忘れないわ。2001年12月30日。
四男を負ぶって、病院をぬけ出したわけ。アルプス公園の恐竜に会いに行ったわ。勿論アイスクリームを持って。でも、水飲み場の水道は、冬だから不凍栓が締めてあって、出なかったの。
恐竜は、四男を見て、悲しそうな目をするのよ。そう見えたのよ私には。
不凍栓を無断であけたわ。水を出しっぱなしにして、寒かった、アイスを食べて、震える四男を恐竜にまたがせたわ。
その日を境にね、四男は泣かなくなったの。理由は私にもわからない。
3年前のブルームーンにも4男をつれてきたかったけれど、大型台風が来ていて日本中、満月どころじゃなかったわ。
6
6月30日、午後7時45分頃。曇り。
ナダルンの家の交通事故のことなんて全然知らなかった。息子より2歳年下、まだ中学1年生だ。後遺症が辛いだろうな。モンゴルへ行く行かない悩みなんてたいしたことはない。
「そろそろ、水止めなきゃ」ナダルンが立ち上がった。恐竜のお尻をぽんぽんとたたき「今度のブルームーンは、2010年。この年はすごいよ、2回のブルームーンがあるの。1月30日と、3月30日。来る理由があったら、くるわ」恐竜は無反応。
私たちは、早足で来た道をもどる。今度は懐中電灯がいる。石ころを踏むザクザクと言う音、草をふむシュッシュという音。足もとを照らす光の輪。
水の音がする。ほんとに、水飲み場の水、出しっぱなしだったのか・・・
「松本市にちょっと迷惑かけちゃったね」ナダルン。
「ねえ、さっき、水飲み場で何を聞いたのよぉ?」
「何も聞いてないよ」ナダルンは、いたずらっぽく笑っただけ。「あのとき月が出たじゃない。あれは偶然よ。私も驚いたわ」
駐車場に戻ると、我が家の車とそっくりな車がある。夫が迎えに来てくれていた。
「冷蔵庫に手紙があったから」と。
ナダルンに乗せてきてもらったお礼を言って、それぞれの車に乗った。アルプス公園の南口から下る。空は曇っているが、地上の夜景がきれいだった。
「焼きうどん足りた?」私の問いかけに答えず、夫は言った。
「なあ、夏休みに、家族3人でモンゴル旅行しないか」
ナダルンは、恐竜が移動したあの場所を、初めから知っていたのかもしれない。
おわり
参考ブログ・出展・参考資料
・小口和利さんの絵はがき「満月と常念」
・透明タペストリーよりブルームーンのエントリー
・ジェラテリア チャオ
・ブルーライトよりブルームーンについて
・新アルプス公園物語ブログリストよりマツアズの皆さまのエントリー
3
6月30日、朝。
「ご飯、まだかよー」
息子の声を聞くのは1ヶ月ぶりだ。片目で目覚まし時計を見る。起きる予定までまだ1時間もある。夫は出張でいない。息子はたぶん部屋に入ってくる。
来た。
「腹へってもう寝てらんね~」父親の出張にかこつけて母親とは休戦するつもりらしい。息子は育ち盛りの中学3年。
「メンチカツまだあったでしょぉ、それ食べなさいよぉ」たぶんもう残りはないだろうが、もうちょっと寝たいがための希望を言ったまでだ。
「そんなもん、夜中に食っちまったよー」
私は夜12時頃、寝室から南の空にある大きな月を見ていた。ほぼまん丸の月に見えたけれど、ナダルンの説明からすると、満月の一日前ということになる。あのとき息子は残りのメンチカツを食べたのだろう。電子レンジが動いている音がした。
「冷蔵庫になにもねえ。おきろ~~、飯食わせろ~~~」息子が私を揺すぶる。
「自分で何かつくりなさいよ、もうちょっと寝かせてよー」つられて怒鳴ってしまって後悔した。目が覚めてしまった。ああいやだ、きょうも睡眠不足で機嫌が悪い一日になる。子供には、家事への感謝を仕込むべきだといつも思う。お願いだからとか、悪いけれどとか、言葉ですませる思いやりもあるのだと。人知れず自分で料理する技術もだが。
冷蔵庫には、ほんとに何もなかった。玉ねぎを切りながら、一日分の肉とカトキチのうどんを解凍する。朝から、焼きうどんだ。これなら文句有るまい。まずは母親の愛情を味わえ。夜も焼きうどんだ。そして母親のたいへんさを味わえ。
息子は、醤油の香ばしい匂いに誘われてか、ゲームを中断してキッチンへ入ってきた。ゲームする時間があるなら自分で飯を作れ!と思うだけ。中学3年は難しい年頃だ。へたに刺激したら休戦の意味がない。
「夕食、冷蔵庫に入れておくからね、レンジして食べて」もちろん焼きうどんだとは言わない。
「また、残業かよ」息子がつっかかる。私が答えないと、「ねえ、今日オヤジの帰り早い?」
息子はもう1ヶ月も父親を避けている。夫も息子と向き合おうとしない。モンゴルの戦い。私がいないときに息子は父親と2人になりたくないのだ。
「おとうさん・・・たぶん遅いわよ」ほんとは知らない。家族は3人。険悪な1ヶ月間だった。受験前の子供のいる家庭は、どこでもこんな状態になるのだろうか。
「今夜は、アルプス公園へ恐竜を見に行ってくるわ」
「仕事なの?」
説明すると長くなるので無視した。朝ご飯も私のお弁当も夕ご飯も作ってエネルギーを消費したのだ。省エネ省エネ。
息子は大量の焼きうどんすくって口につっこんだ。口の端から玉ねぎが落ちそうで落ちない。
「恐竜って? あの・・・石のやつ?・・・夜に?・・・頭。おかしいんじゃね~の」
息子は1人ごとを言ってるようにみせかけている。挑発だ、のらない。
今晩の天気予報は、テレビによると曇り。冷蔵庫の焼きうどんの上には、ナダルンに言われたように「今晩はアルプス公園へ恐竜を探しに行きます」とのメモを置いた。
4
6月30日、昼休み。
焼きうどんを食べながらアルプス公園を思い出してみた。
アルプス公園は、松本市内にある里山のてっぺんを切り開いた公園だ。安曇野をはさんで、北アルプスと向か合っている。松本市制施行100年の今年、2.5倍の広さになってリニューアルオープンしたらしい。
ドリームコースターは息子と何度も乗った。息子の口がまわらず、アルプス公園を、アルスプ公園と言ってた頃。風は、水と緑の味がした。かわいかったな~息子。
親子遠足コースでも何度か行った。切り株の遊具、アスレチック、山岳館や小さな動物園。息子や息子の友達の人気は、ロッククライミングで登ってL字型に滑りおりる黒い山の塊だった。その滑り台の前の草地にクラスごとにビニールシートを敷いてお弁当を食べたことがあった。そう言えば、雨水が流れた跡のある小川があって、水飲み場があって、息子達が水をのみに来て、恐竜にさわって・・・。
ああ、あれだ。
そういえば恐竜がいた。滑り台で遊ぶ子供達を見守っているような感じで。背中がこんもりして、首が長くて・・・しっぽも長かった。
あれは、なんという恐竜なのだろう。グーグル検索をしてみる。ネットはほんとに便利だ。
昔、ブロントザウルス。今、アパトサウルスと呼ばれているらしい。1億5千万年前に生きていて、草食。アパトサウルスの意味は、人をだますトカゲ。体長推測25メートル前後、体重推測22トンぐらい、首の長さ6メートル、尾の長さ9メートル。長い首と長いしっぽでバランスをとって歩き、後ろ脚で立ち上がったり長い首をつかって木の葉なんかを食べていたらしい。十数頭の群で生活していたらしい。
アルプス公園の恐竜はあまり大きくなかったので、たぶん子供の恐竜だろう。・・・母親もいる・・・滑り台のあるあの黒い山の塊は恐竜の背中っぽくない? あれは、恐竜の母親なんじゃない?
6月30日、午後6時30分頃。曇り。
仕事をおえてナダルンとチャオにきた。両島にある手作りジェラートの店だ。松本だけに一店舗。曇っている日の夕方なのに人であふれている。
「だってきょうは、満月~♪ 手作りジェラード、ダブルでトリプルデーの日だからね~♪」とナダルン。
チャオでは何か特別な日にダブル(2種類)をトリプル(3種類)にしてくれるサービスがある。「満月の日も?」
「ブルームーンでもね・・・。月2回も、お・と・く」ナダルンの嬉しそうな顔。嬉しそうな声。嬉しそうな体。ほんとにわかりやすい。
本日修了したジェラートの札がショーケースの上にはもう7~8枚。迷ったあげく私は、まごころ抹茶、ほくほくカボチャ、パワーアップレモンの3種。ナダルンは、微粉砕コーヒーチョコ、ココナッツミルクマンゴ、バナナの気持ち。持ち帰り用にカップにいれてもらう。アルプス公園で食べなきゃいけない理由はまだ教えてくれない。
「ラムレーズンもあったのに」酒好きなナダルンをいたぶる。
「あれはさ、あまったるくて・・・」すでにお試し済み。
6月30日、午後7時頃。薄曇り。
アルプス公園の駐車場も新しくなっていた。南口という名前になっていた。つまり、ほかにも入り口ができたということだ。見てないが、太陽はついさっき沈んだと思う。空は、西も東も曇っている。
夕暮れていく夜のアルプス公園は寂しいが、全く人がいないわけではなく、カップルや学生がチョボチョボ歩いている。あすから7月だけれど、アルプス公園の夜はまだまだ寒い。暗くなったら怖いだろう。懐中電灯をすぐ出せるようにバックの端に寄せる。コワイ人とであったら、懐中電灯を武器にする。コワイ人が出ませんように。おばけも出ませんように。
ナダルンもちょっと怖いのか、私が腕をからませてもふりほどかない。ふたりで腕をしっかりからませあっている。まるで恋人どうしだ。
「真っ暗になる前に帰ろうね」と私。「それより、なぜ恐竜を探さなきゃいけないの?」
「ただ会いたいだけよ。・・・会えたら、きっと良いこと起こるよ」ナダルンは何度も東の空を見る。とても月が見えそうな空ではない。
良いことが起こるのか・・・なんだかわからないけれど、元気出すか。「晴れないかなあ」2人同時に。
「やっぱりさ、こんな時間に、こんなところ歩くの、危ないと、思わない?」息切れて話す私。
「オバサン2人襲われるって新聞に載ったら恥ずかしいね」一息での返事。
事件や事故があったとしても、こんな寂しい場所を歩いている私たちが悪いに決まっている。早足で先を急ぐ。
新アルプス山岳館8角塔を横目でみて、下って、右のドリームコースターに行かず、左に曲がる。小さな子供のための遊具がある広場に来た。
6月30日、午後7時4分頃。曇り。
ナダルンが立ちどまった。ここが恐竜がもといた場所だという。そうだ、ここだった。恐竜はどこへ引っ越したのだろう。四方八方を見渡してみたが広くて暗くて検討もつかない。ますます暗くなっていくのにどうやって探すというのだ。湿っぽい草の匂いに紛れて時々よってくる虫を払いのける。ジーンズでよかった。
「恐竜、いないわねぇ」ナダルンはがっかりした様子もなく「だけど、水飲み場は残ってる。よかったよかった。水、出るかな」
勢いよく一本、水が噴き上がった。水を追って空を見上げると、雲が少しだけ切れ始めている。もしかして、月があの隙間から現われるってこと? できすぎ・・・
いや・・・出るかも・・・
出た。
あたりがぱっと明るくなった。
満月。ブルームーン。青くはない。
「しーーーあっちよ。滑り台のあるあの黒い山の塊の向こう。あっちで待ってるって言ってるわ」
だれが?
聞こうと思ったら、突然うす暗くなった。ブルームーンは再び隠れた。だれが?・・・考えるより、ナダルンを追っかけるのが先だ。まだ懐中電灯を使わなくてもいける。
アスレチックを右手に見て、足もとの石ころにつまづかないように、草の上を小走る。小高く開けたグリーンにきた。アルプス公園の西の端のようだ。安曇野の夜景がみえた。家々の夕食のだんらんの灯がチラチラしはじめている。
「あそこ」ナダルンが指さした。
暗い木立の中に黒っぽい小山。ナダルンに追いつき、小山がアパトザウルスのお尻だったとわかった。そうだそうだ、この恐竜だ。
「来たよ~」ナダルンは、恐竜をひとまわりした。お尻をぽんぽんと叩いて、背中をなでて、首をなでて、恐竜の頭を抱きしめた。「久しぶり~」とチュッ。
うそ。
そんな・・・・
石だよね・・生きてるわけないよね。
恐竜もナダルンにすり寄ったのだ。
いたずらっぽい目をくりくりさせて。
つづく・・・
1
「日本にだって大相撲があるじゃないか」温厚な夫だが、怒鳴ったのだ。
1ヶ月前の日曜日。長男がモンゴル相撲をやりたいと言った時のことだ。息子は、中学卒業したら高校へ行かず、モンゴル語を習いながら、大学検定をめざしたいという。そしてモンゴルへ行くという。高校を卒業してからじゃ遅いという。
「オヤジ、今、日本じゃ、横綱が2人。その2人ともモンゴル人なんだぜ」
「たまたま、だ」夫。
「オヤジ、知ってる? 今年の大相撲の新弟子検査の受検者はゼロだったんけど」
「応募が1人もいないのは史上初めてらしいな。新聞で読んだ」
息子の格闘技好きは、父親譲りだ。
「大学はいかないのか」
「いけたら行く、そのときは行かせてほしい」
大学検定が受かり次第、モンゴルへ行くという。高卒であれば、モンゴル政府奨学金留学生になる道もあるそうだ。募集は1年に2人。受かる自信はない。けれども、大学にいけなくてもいい、目的はモンゴル相撲への入門。だと。
夫は黙って聞いていた。モンゴルについて息子のほうが詳しいことがわかったからだ。費用。生活。息子はどのぐらい情報を集めているのだろうかと、夫も思っていたにちがいない。
「お父さんは反対だ。モンゴルへ行くために柔道を習わせてきたんじゃないし」
元スポーツマンである夫は、怪我や後遺症の恐ろしさを良く知っている。スポーツで食べていけるのは運のよい一握りだけだ。退職年齢も若い。そのあと、どうする。居間は、うすぐらくて湿っぽくて重たい空気でいっぱいになった。
なぜモンゴルがいいのだろう。モンゴル語は日本のどこで習うのだろう。モンゴル相撲の力士をテレビでみたことがあるが日本のお相撲さんよりずっと引き締まって強そうだ。怪我でもしたら将来どうなるのだ。モンゴル=草原。お店とかあるのだろうか。モンゴルでティーンエイジャーがどうやって生活するんだ、ヤギを自分で飼ったりするのだろうか。私も絶対反対だ。フランスやイタリアなら、私は息子の味方になれるのに。
私の気持ちを見透かしたように息子は言った。「モンゴルにもユニクロがあるんだよ」
2
お弁当を食べ終えると、急に眠気が来た。
「そろそろ昼休み終わりよ~」ナダルンからぽんぽんと背中を叩かれる。
ナダルンは、私が尊敬する職場の先輩である。灘出身。力持ちで前向きで明るい。私なんか息子1人でひーひー言ってるのに、男の子4人もの母親。学生時代にバレーボールで鍛えた体は筋肉質だ。ビリーズブートキャンプのおねーさん達のように、昔は腹筋がわれていたのだと確信している。男の子4人育てると筋肉も萎縮する暇がないらしい。つまり、今も脂肪の下で腹筋は割れているということだ。そしてとってもおしゃれ。
私が、睡眠不足でブーブー言っていると、ナダルンは、なんか悩みでもあんの?と聞いてくれた。息子のモンゴル相撲熱を話した。夫が反対していると話した。私も息子を理解できないと話した。もう1ヶ月も険悪なムードだと話した。夏休み後には希望校を学校へ提出しなくてはいけないのに困っていると話した。
ナダルンはふんふんと聞いていてたのに「あしたの夜、アルプス公園へ恐竜に会いにいくんだけど・・・恐竜いたの知ってた?」と。恐竜?いたっけ、と思ったが私は首だけでうなずいた。
「アルプス公園が広くなってねえ、いろいろ変わったらしいの。恐竜もどこかに移動したらしくて、場所がわからないの。一緒に探してくれない?」
モンゴルは消えた。気合い入れて話しすぎちゃったな~、ナダルンに退かれちゃったな~と反省した。こまったな。夜のアルプス公園にはあまり行きたくないし。恐竜にも興味ないし。
「アルプス公園が広くなったこと知らなかったわ。だけど、なんで夜いくの?」
「あしたはね、ブルームーンなのよ。特別な日なの」
「それって、あしたは青い月がでるってこと?」
違う違うとナダルンは笑う。
「月はね、29.5日で満月になるの。だから、もし月の初めに満月になると、その月の終わりに再び満月になるのよ。つまり、ひと月に2回満月があるときがあるの」
「28日周期のあれと同じか・・・。だいたい月に一回だけれど、月の初めに来たら月の終わりにまたくる」
「そうそう、それと同じよ。で、ひと月に2回満月があるのは、3~4年に1回だけなの。今月がその月なの。満月が2回。6月1日、そして、明日の6月30日。2回目の満月をブルームーンというのよ」
1回めの満月はファーストムーンと言うそうだ。
「月が青いわけじゃないんだな。♪月にかわりはないけれど~♪」ナダルンは古い歌にも詳しい。
「それってさ、月じゃなくて雪だよね・・・」私も詳しい。「♪富士の高嶺に降る雪も~京都先斗町に降る雪も♪ユキに変わりはないじゃなし」笑い始めたナダルンが合流する。「融けて流れりゃ皆同じー」
「そうだ。水飲み場がなくなっちゃっていたらどうしよう・・・」ナダルンが急にソワソワしはじめた。「水飲み場とね、ブルームーンとね、恐竜とがね繋がっているの・・・水飲み場がなかったら・・・恐竜に会えないわ」
「わかった。一緒に恐竜を探しにつきあうわ」私は自分でも予想外の答えをスルスル言っていた。ナダルンには、人を動かす不思議な力がある。
「あっ! 忘れてたっ。アイスクリームもいるんだった!」ナダルンの声はでかい。
つづく...