それって当たり前じゃないんだよ。
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早産を経験なさったお母さんとお話する機会がありました。
予定日より3か月早いご出産。
Dr.に「あともう少し遅ければ,この子は亡くなっていた」と言われたそうです。
「この子が生まれてから,家族皆が変わりました。
元気で生まれてくることが当たり前じゃないんだなって。
五体満足,自分の足で立って,笑って,呼吸して,心臓が動いている・・・
そんなふうに生きている私たちは奇跡なんだなって。
ほんの少し違っていたら,この子は今ここにいないかもしれない。
生きて生まれてきてくれたことに感謝です。」
小さな命から,とっても大きなプレゼントをいただきましたね。
子育てには楽しいことも辛いこともあるけれど,この時の気持ちを胸にしっかり抱きしめていればきっと大丈夫。
お二人に,ご家族に授かった命,大切にね。
こんなpureなお母さんがいらっしゃる一方で,こんなお母さんも。
「・・・・・ほら,よくいるじゃん。ちょっと頭のおかしいような子。」
話の流れからして,「頭のおかしいような子」とは「発達障害児」のことを指しているようです。
この言葉を聞いた私は,
「その言い方,あんまりいい表現ではないと思うけどな。そういうお子さんがいるお母さんが聞いたら,どう思うだろう。」
と言いました。
するとそのお母さんは
「そんなこと本人の前では言わないわよ。」
と。
相手を見下したり差別したりする気持ちが心にあると,例えそれを言葉に出さなくても,その気持ちは何かの形で伝わるんじゃないでしょうか。
ちょっとしたしぐさとか,表情とか。
少し前の信毎で,折原みとさんがこんなエッセイを書いていました。
私たちはたまたま日本に生まれただけ。
たまたま,食べる物も着る物も不自由しない国に生まれただけ。
ひょっとしたら,発展途上国に生まれていたかもしれない。
今日食べるものさえ手に入らない国に生まれていたかもしれない。
みたいなこと。
お母さん,あなたのお子さんはみんな健康で成績も優秀。
だけどそれって当たり前じゃないんだよ。
ひょっとしたら明日事故に遭って,一生障害を抱える生活を送るかもしれない。
あなたが言う,その頭のおかしいような子は,ひょっとしたらあなたの子どもとして生まれてきていたのかもしれない。
病気や障害を抱えつつ,懸命に生きようとしている目の前のその子は,ひょっとしたらあなたの子どもだったかもしれない。
生きる辛さに苦しみ,死を選ぼうとしている隣人は,ひょっとしたらあなた自身だったかもしれない。
今殺そうとしている相手は,ひょっとしたらあなたの家族だったかもしれない。
みんながそう思えたら,世の中もっと暮らしやすくなるのにね。
狭くても雨風をしのげる家があって,質素ながらも今日食べるものがあって,泣いたり笑ったりの毎日だけれどそこに家族が生きていて・・・
当たり前と思わずに生きていきたいと思います。
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