1年の計は元旦にありというので、
1月1日に今年の目標を立てた人は多いと思う。
”計”って
はかるってことだよね
365日でどこまでいけるかなとはかる。
そうやって、
「よし、あそこまでいくぞ」
と、目標を立てるわけだ。
でも、あなたもご存知の通り
多くの人の目標は実現しない。
いや、実現するために何かがかけている。
僕が思うに、
計画の“画”が抜けてるんではないか。
つまり画=絵にするってことだ。
絵にするってどういうことかといえば、
ビジュアル化して、はっきりと見えるものにするってことだ。
それは行動計画かもしれないし、企画書かもしれないし、
あるいは文字通り夢の実物の絵かもしれないし。
とにかくなんでもいいけど、
1年の計の次のステップをしっかり踏んでいるかどうかだ。
別にだれが言っているわけでもないけど。
1月中に、具体的な絵が描けなければ
きっと計画にならないだろうし、
また例年通り、元旦の目標は自虐的な笑い話になってしまうだろう。
今日現在、まだ1月は10日ほど残っている。
この1年を変えるのは、
実はこの10日にかかっているかもしれない。
具体的なプランを立てて、今すぐ行動に移そう。
太陽の1年は1月に始まるが、
月の1年は大体1ヶ月遅れで始まる。
このズレた期間に何か秘密があるとおもわないかい?
さあ行動しよう!
-drive
頭で考えていると足が止まるのは良くあることだ。
それにはっと気づいてまた足を動かす。
しかし、足を動かし続けているとそれがルーティーンワークになって、
何も考えなくても潜在意識に任せておけばできるようになる。
そうなると今度は頭が止まってしまう。
頭が止まると工夫がなくなり、
工夫がなくなると成長も鈍くなっていく。
頭と足は車の両輪とはよく言われるが、
しかし、車の両輪ほど簡単に一緒にうごいてくれない。
それよりも人間の右足と左足だ。
歩くのに両足交互に出す必要があり、
そしてそのプロセスは「転び続ける」ような動作の連続だ。
ふつう生まれてから1年間も歩くことはできない。
それぐらい難しい動きなんだけど、
もちろんわたしたちはできるようになった。
同じことがスポーツにもビジネスにも仕事にもいえる。
頭と足を一緒に動かすことを放棄せず、
1年くらい挑戦続ければ、遅かれ早かれ誰でもできるようになる。
そうすると、走ることまでできるようになるんだ。
そう、考えながら加速して走ることまでできるようになるんだ。
毎年この時期になると実家の稲刈りを手伝うのが恒例なのだけれど、今年は気づきが大きかった。稲刈りは稲刈り機(という名称かしらないが)でやるのだけれど、その扱いが、自分自身の潜在能力の取り扱い方ととても似てたのです。
ぎりぎりセーフでした。もう半年おくれていたら、子供の歯を失っていたところでした。本当に無知って怖い。歯の治療に関しては完全に盲点になっていました。まったく幼稚な知識しか持ち合わせていなかったリスクでした。でもしればしるほど、、、
小学校の運動会シーズン
たまいれでも綱引きでもリレーでも、みているとついついどうやったら勝てるのかと考えてしまう。そして戦略の重要性にも気づく。赤組が勝ったが、あきらかにリードしている先生に違いがあった。
それからたまいれを見ていておもった。たしかにねらいすましてバスケットのフリースローのように投げたほうが確率はいいのかもしれない。しかし何十人の素人が投げているのを見ると、スピード勝負だと思えてくる。
しかし綱引きの場合はちがう、個々がばらばらにがむしゃらに引っ張るより、力がひとつにまとまったほうが圧倒することができる。だから量か質かという問題ではない。いかに適切な戦略を選択するか、そしてそれを実施するかという問題だ。
運動会を見ていて、ビジネスとの共通点をたくさん発見した。
つづき
子供がそうであるように、私たちは皆、光り輝く存在です。
私たちは、自分の内面にある神の栄光を実現するために生まれてきました。
それは、限られた人たちの中にのみ存在するものではなく、
皆の中にあるものです。
自分の光が輝くにつれ、私たちは無意識に、
他の人々を輝かせることができます。
自分の恐れから解放されるにつれ、
私たちは他の人々を解放してあげることができるのです。
-マリアン・ウィリアムソン
自分を恐れから解き放つ、ということですね。
私たちが一番怖れているのは、自分の無力さではない。つづく
私たちが怖れているのは、自分の並外れた力強さだ。
私たちを怖がらせるのは、自分の暗闇ではなく光にほかならない。
私たちは自分にこう問いかける。
“私は何者だろう?このまま華麗で卓越した才能豊かで素晴らしい人間になっていいのだろうか?”と。
本当の自分を偽ろうとするあなたは何者だろうか?
あなたは神の子だ。
自分が取るに足らないものであるふりをしても、
まったく世の中のためにはならない。
周囲の人々が不安を感じないように小さくなるのは、
決して正しいことではない。
残暑見舞いで頂いたはがきによい文章がありました。
ネルソンマンデラ大統領が就任演説で引用した言葉だそうです。
私たちが一番怖れているのは、自分の無力ではない。つづく
私たちが怖れているのは、自分の並外れた力強さだ。
障害は次から次へとやってくる。
だから、最初っから究極の障害を探しておこう。
そしたら残りの全てはたいしたものではなくなる。
自分に高い価値をつけられる人が世の中から高く評価される人で、自分に低い価値しか見出せない人が世の中から低く評価されるようになる。
大きな見返りを得るために、
自分はどうあるべきなのか。
客観的に見返りが期待できる自分になる努力をする。