2006/07/03 22:29
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友人が遊びに来た。この友人、最近離婚をした。あれこれ考え悩んでいることがあるようで相談をしにわざわざやって来たようだ。
夕食後、松村夫妻、津村君、そして友人の来訪に合わせて飛騨高山からやってきた三輪夫妻、それに僕と悦子の面々で友人の話を聞いた。
ひとしきり話を聞いた後、それぞれが自分の思ったことや友人に言ってあげたいことを話していった。どの人の話も、意見の内容の是非・適不適よりも、まず友人への愛情が前提にあるように感じた。「そりゃそう思うよな~・・・。」というところからそれぞれの意見・アドバイスが始まるのだ。でもけして慰めやその場だけの同情といった類のものではない。それぞれどの意見もなるほどなと思わされる。ただ否定するものが一切ないのだ。
思考がこんがらがり、少々元気のなかった友人も、この面々に安心して受け入れられて、その意見を自分の血肉として吸収し、思えるところでこれからやっていくのだろう。
こんなふうに話をし合える人たちが身近にいることも、すごいことだなあと思った。
投稿者 : BOU
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私の場合は周囲の多くの人から非難され、白眼視され、そして普通の結婚家庭を築いている友人はみな失いましたから。
それ以降、情のある暖かい扱いをしてくれたのは、安曇野地球宿と、おぐらやま農場と、津村農園だけです。
長嶋有の小説が好きで、良く読みます。
その作品はほぼ例外なく離婚や夫婦の不和といったものがテーマの主軸であるからです。
昨晩は就寝前に「ジャージの3人」(主人公も、その父親も離婚しています)のエンディングを、何度も繰り返し読んでいました。