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2006/08/14 23:58 | 印刷

私は、仕事がらお年寄りと話をする機会が多いです。

お年寄りの方の多くは、戦争についての思い出を口にされます。



先日、加計呂麻島に今も残る弾薬庫を作ったというおばあちゃんにお会いしました。





写真は、その弾薬庫です。



女性が作ったということに、私は驚きました。


「男はみんな兵隊に持っていかれて、残ったのは女子どもだけ。だから、女がするしかなかった。」

のだそうです。




また、医師も看護師もいなかったため、おばあちゃんは負傷した兵士の手当てもしていたとか。




爆弾を落とされ全身に火がついた多くの人たちが、燃えながら海に飛び込む姿は、まさに地獄。
おぞましいものだったそうです。




こんなに澄んだ、綺麗な海でそんなことがあったなんて。。。




もうそんな恐ろしいことは、繰り返したくないですね。





多くの人の想像を絶するような苦しみが過去にあって、今のこの平和な社会があること。
その苦しみを忘れず、無駄にしてはいけないこと。
平和な社会で生きられることに、感謝を忘れてはいけないこと。


いろんなことを感じながら、おばあちゃんの話を聞いていました。



平和だニャ~。






クニオさんは、気持ち良さそうに寝ています。





明日は終戦記念日。

終戦記念日という言葉は、少し奇妙な感じがしませんか?


終戦というつらく重い言葉と、記念日というおめでたいイメージの強い言葉とが、一緒になってて。。。







過去の関連記事はコチラ⇒原爆の日



>多くの人の想像を絶するような苦しみが過去にあって、今のこの平和な社会があること。
>その苦しみを忘れず、無駄にしてはいけないこと。
>平和な社会で生きられることに、感謝を忘れてはいけないこと。

強く、そう思います。
感謝を忘れずに、
今を大切に、無駄にしてはいけない! 

と・・・。 そう思うのです。

>もうそんな恐ろしいことは、繰り返したくないですね

繰り返さない。
繰り返したくない。
繰り返して欲しくない。。。です。。。
もう、繰り返したくないと強く思うんです。
軍事力を強化して、対戦することにも賛成しません。
それも繰り返すことと同じ。自分から仕掛けないから許される、ということにはならないと思うんです。
でも、、、日本の将来は戦争へと向かっていくような気がします。
その時自分はどうするか、そんなことを真剣に考えてます。


今日は終戦日ですね。
私も記念日って言い方にちょっと違和感があります。
でも中国や東南アジアの人にとっては
記念日かもしてません。
シンガポールでも日本人が多くのシンガポール人を
虐殺してて、最近その特集が放送されてて
胸が痛くなりました。
過去を反省して、未来に向かいたいですね。
>中国や東南アジアの人にとっては
記念日かもしてません。

そうですね。見る方向を変えると、そうかもしれません。
日本軍が行った、加害者としての報道をもっとしてほしいです。
シンガポールにいるzhiharuさんからは、また違った日本の戦争体験が見えるでしょうね。

タイやマレーシア等にある戦争の展示を、もう一度見に行きたいです。

私は広島で生まれて育ちました。祖母は足が悪く動けなかったので いつも鶴を折っていました。
小学校の担任の先生は原爆で火傷のあとが残っていました。
よく戦争の話を聞かされたのを覚えています。
平和が一番です。どこの国も。
絶対、絶対、絶対。。。ねっ、クニオさん。
広島には、つらい戦争体験をもつ人がたくさんいらっしゃるでしょうね。
二重被爆についての報道を先日、初めて見ました。はずかしながら、私は今まで知りませんでした。。。
まだまだ知らない事実がたくさんあるんだと思います。

平和が一番。
命がなにより大事。
みんながそう思えば、戦争なんてしなくてすむのに。
ほんと女性が作ったとは思えないほど
強固な建物ですよね。びっくりしました。

公民館の講座で町内の旧日本軍の施設や戦争時についておはなしを聞くのですが、
実際に経験してきた人たちのおはなしはやはりずしっときますね。

小さな頃は面白くなかった戦争のおはなし、
今はちゃんと残していかないといけなんだなと、やっと思えるようになりました。
>公民館の講座で町内の旧日本軍の施設や戦争時についておはなしを聞くのですが...

それ、私も参加したかった講座です!
いつか記事にしてください、是非。

島に来たおかげで、たくさんのお年寄りと話をすることができました。
いろんな体験を聞くことができ、良かったです。
どれもこれも奄美ならではの内容の濃い話ばかりで、みんなが自分史を作って図書館においてくれたらいいのに、、、と思います。

余談ですが、エスニック料理教室に通えなくなって残念です。。(-_-;



お年寄りの話は大好きです
(おばあちゃん子で育ったので)
終戦記念日…単にセレモニーであるだけではなく
心に重く受け止める日でありたいです
語り継ぐお年よりも少なくなってきています
でも語り継がねば…
azusaさんはおばあちゃん子ですか。
私はおじいちゃん、おばあちゃんと接することがほとんどなく育ちました。
奄美に来てからです。お年寄りが、こんなに身近な存在になったのは。
お年寄りの話、いいもんですね。

昔の大変だった時代の話を聞くたび、今のこの豊かな時代はこの人の目にはどんな風に映ってるんだろう?と思います。

終戦記念日…。確かにお祝い色のイメージもあり違和感もおぼえますが、「記念」の意味には「思い出として残す事」、それ以外にも「形見」という意味もありますからね…。無理矢理ですけど、「再戦許すまじ祈念日」ですかね?
戦争の悲惨さは、その時代を生きてきていない我々でもある程度の情報として把握してますが、これをどこまで次代に繋いでいけるかですね。記憶は薄れるもの。記録として残していかないといけないですね。語り継いでいくことも含めて。
ただ戦争の悲惨さはもちろんですが、最近の平和な社会の中で起こっている悲惨な事件の数々は何なのでしょうね。ある意味戦争よりも複雑多岐で悲惨なような気がしてなりません。比べるものでもありませんが…。長くなってしまいました。だらだらとすみません。
>最近の平和な社会の中で起こっている悲惨な事件の数々は何なのでしょうね..

ほんとに。
何なんでしょう?異常な事態ですよね。
島のお年寄りたちの多くが、「内地は怖い。毎日おかしな事件ばかりおこってる。怖いから行きたくない」と言います。
島のように地域のつながりの強いところでは、内地のようなおかしな事件は起こりません。

確かに人間は本能の中に、残忍な部分をもっていますが、それを無意識に理性や知性でコントロールできるものだと思うんですが、、、。

確か20日がご出発でしたね。そろそろPCも取り外して引越し荷物の中でしょうか...
私はおととい鹿児島から帰ってきまして、こちらのブログも始めからじっくり読ま
せていただきました。奄美への愛情いっぱい、安曇野への期待いっぱいですね!
私はなかなか地元の人と関わりを持つ機会が少ないので、瀬戸内の人とたくさん
接していらっしゃるtakaさん御夫婦のブログを読むのが楽しみでした。
引き続き、安曇野森からもたくさんに自然と人との交流を読ませていただけそうな
ので、とても楽しみです!

こちらのエントリーと直接関係の無い話になってしまいましたが、これからも
どうぞよろしくお願いします!
>瀬戸内の人とたくさん接していらっしゃるtakaさん御夫婦のブログを読むのが楽しみでした。

ありがとうございます。
島を離れることになり、いろんな人がお別れ会をしてくれたり、別れを惜しんでくれます。
意識していなかったのですが、知らないあいだにいろんな輪ができていました。
すごく疲れてしまい、先日はついに一件、お別れ会をお断りするという罰あたりなことをしてしまいました。。。(-_-;
ほんとに、いい出逢いに恵まれた島暮らしだったな~。。。

奄美のことは今後もずっと気になります。
これからも、FORTUNEさんのブログから奄美を感じさせてくださいネ!
昔の辛い体験をお話してくださる方は本当に大切な存在ですね。
私もTVを通してですが、毎年戦時中の話を聞くたびに考えさせられます。
今日も、朝TVで『人間魚雷 回天』の放送がされていました。名のごとく魚雷の中に人間が入って操縦し、そのまま敵の船に追突する、と言うものです。
もちろんその魚雷に乗り込めばもう帰ってくることは出来ません。平均21歳の若者が約100名のがその魚雷に乗り込み
(ごめんんささい。途中で送信してしまいました(*_*)続きです)
戦死されたということです。とっても悲劇な事実。でもまたその回天によって爆破させられた船にも、また同じ人間が乗っていたと言う事。。。
悲劇はまた悲劇を生みます。
今の私たちが出来る事は同じ過ちをけして忘れず、繰り返さないと言う事ですよね。
今の日本が平和であることを感謝しつつ、これからも平和であることを願います。

人間が武器と化して、人間を殺すなんて、残酷なことですね。
先日、特攻隊だったおじいちゃんにお会いしました。
なんと、明日いよいよ乗り込む!という日になって終戦を迎えたそうです。
「命拾いをした、良かった」と笑ってらっしゃいました。

80歳を越えた今もお元気で、海に素潜りをして魚をとるという超元気ぶり。
政府には、戦争を想定した外交ではなく、戦争を起こさないような状況を作り上げる賢明な外交をしてほしいです。
子供の笑顔を見ていると、
どんな事があっても、子供を戦争に送り出してはいけない、
戦争の犠牲にしてはいけないと強く思います。

お年寄りのお話、子供達に
私たちが語り継がなければいけませんね。

実際に体験された方々の苦しみは理解できないのかも知れませんが、
できる限り語り継がないと・・・

私も直接ではありませんが、母から祖父の戦争の話を
随分繰り返し聞かされました。

祖父は南方に行ったそうですが、
羽根があれば家に帰れるのに、と、心の底から
願ったそうです。

そんな思いを、この先ずっと、誰もしないで済むような
世の中にしたいですね。
きちんと語り継ぐことができる大人になりたいですね。
また、人ごとではなく自分の痛みとして感じられる子どもに育てることができる力を、大人が持つことも大切だと思います。

「大人が変われば、子どもも変わる」
そんな看板、どこかで見たなあ。。。

本日、ついに荷物が安曇野に出発しました!
人間プラス猫は、あさって出航です♪

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昨日は終戦記念日でした。 テレビ番組でも新聞でも戦争関係の報道がたくさんありました。 その悲惨さ、人々の悲しみ、僕には想像することしかできません。 奄美大島の瀬戸内町には戦跡がたくさんあり、 そういう場所を回っていると、戦争を身近に感じます。 もう少し保全ができないものかとも思いますが。 はだかのいのちという本があります。 滋賀県大津市にある重症心身障害児施設びわこ学園の元園長、 高谷清氏が書かれた本です。 その本の中に、こういう一節があります。 心身とも重い障害児者は、人間としての「付加価値」が何もないように思える。 移動させできず...

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